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真田屋敷に戻ってきたその晩、イナを歓迎するための宴会が開かれた。
——三年前、屋敷で過ごした最後の夜にも宴会が催されたことを思い出し、
少し複雑な気持ちになるイナだったが
今は自分の素性を偽ることなく、
それも信幸の妻としてその場に臨めることが嬉しかった。
三年前にも見たことのある顔もあれば
新参者だろうか、初めて見る者もいたが
イナが感じたのは、当時よりも真田の家臣が増えていたことだった。
だがそれよりも、イナが一番違和感を持ったのは、自分に対する接し方が変わったことだった。
「稲様、ご結婚おめでとうございます」
「稲様、どうぞ私にお酌をさせてください」
かつては『イナ』あるいは『そこの女』などと
良くも悪くも飾らない呼ばれ方をされていたが、
今では自分に話しかけてくる者が
一様に『様』と付けてくることにイナは戸惑った。
「私のことは、昔のようにイナと呼んでください」
イナは、当時から比較的親しくしていた女中に対してそう告げた。
するとイナよりも年配のその女中は、顔を真っ青にして首を横に振った。
「とんでもございません!
本多家の姫君で、信幸様の奥方であらせられる貴方様に
そのような無礼な呼び方は——」
イナは、三年前から自身が大きく変わったとは思っていなかったが
周囲からの扱いは明らかに変化したことに戸惑った。
なんだか、落ち着かない。
けれどそれも、慣れてくれば気にならなくなっていくだろう。
イナは自分に言い聞かせ、信幸の隣で淑やかに座りながら
かわるがわる挨拶に来る屋敷の者達に応対した。
——暫くして、めいめいがイナとの挨拶を済ませ
いよいよ宴会が盛り上がってくると、
イナとは少し離れたところで飲んでいた数人の家臣がこんな話を始めた。
「それにしても、あの本多家から嫁いで来られたということは、
当然ながら『正室』として招かれたということなのだろうなあ」
——正室?
イナは、正室という言葉の意味は理解していたが、彼らの会話には違和感を持った。
正室というのは、側室がいれば区分けとしてそう呼ばれることもあるだろうが、
妻が一人しかいないのであればそのように呼び分ける必要もない。
すると、会話をしていた別の家臣がこう告げた。
「だよなぁ。さすがに、名家から嫁いで来られた御方を側室に据えるというのは……」
「じゃあ、『後から嫁いで来た』ほうが正室になることもあるってことだよな」
え……?
イナは、彼らのやり取りを聞いて凍りついた。
後から嫁いで来た方……?
それ——私のことを言ってる……?
後から……って?
イナが目を見開き固まっていると、
そんな彼女の様子に気づくことなく
家臣同士は会話を続けた。
「そういえば、あの方は今日はいらしていないのだな」
「馬鹿、それはそうだろう。
『新しい妻』を迎える祝いの場に、『古い妻』が同席したのでは
双方ともに気まずいだけだろう」
「そうは言っても、これからは互いに付き合いが生まれる訳だし……」
「まあな。だが、あの方の胸中を察すれば分かるだろう?
これまでは自身が正室だったというのに、
後から嫁いで来た妻にその座を奪われ
側室へ降格させられるとあっては、な——」
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