信幸の話3

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これは夢だ。 俺は夢の中で、すぐに気がついた。 だって君が生きていて、俺も若かった頃の姿でそこにいたのだから。 俺とイナは夢中で抱き締め合って、互いを求めた。 まさかこの歳で、こんな夢を見るなんて 誰にも言えないなと内心苦笑しつつ、 俺は久しぶりに会えた君に沢山語りかけた。 君が亡くなってから、世の中で起きたこと。 家康様の後を継いだ息子の秀忠様、そして孫の家光様の代になった今も尚 徳川の安泰した世が続いていること。 信吉や信政がそれぞれに家庭を築き、 大助とも未だに交流があること。 色々なことがあったけれど、俺が君を忘れたことは片時もない、とも。 イナは俺の話を嬉しそうに聞いてくれて、そして俺に言った。 『長い間、あなたに寂しい思いをさせてごめんなさい。 けれどあなたが平和な世を見届けられたことを、私は嬉しくも思います。 話の続きは、私達がまた同じ場所で会えた時に聞かせてくださいね』 ——それって、もうすぐ俺も君のところへ行けるってことかな? 俺が期待を込めて言うと、イナは少し寂しそうに笑った。 『こんなことを望んでしまうのは妻失格かもしれません。 でも、あなたに会える日をずっと心待ちにしていました。 こちらには信吉や信政もいるけれど、あなたがいない世界はやっぱり寂しい。 あなたには最期まで精一杯生き抜いて欲しい。 でも、とうとうその日が来た時には—— あなたがこちらへ来た時には、私がいの一番にあなたを迎えに行きますね』 ——そこで、目が覚めた。 やっぱり、夢だった。 自分にとって、なんと都合の良い夢だろうと思った。 イナが出て来てくれて、俺の欲しい言葉を残していってくれた。 死ぬのが楽しみだなんて周囲に言ったら心配をかけてしまうだろうから言わないけど、 イナがいの一番に迎えに来てくれるなら、 その日が来るのが待ち遠しいと思える。 さて——今日は身体の調子が良いから、少し散歩をして読書をしようかな。 イナが好んで読んでいた書物が、書庫にまだまだ沢山眠っている。 俺が死ぬ時までに読み切っておかないと 後でイナと共通の話で盛り上がれなくなってしまうから、 目が見えているうちに全部読んでおかないと。
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