第一次上田合戦

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——こうして真田家で、住み込みの女中として働くようになったイナ。 洗濯も皿洗いも、これまで本多家に仕える女中がしてくれていたため 自分では水に触る作業をすることがなかった。 代わりにごつごつとした重い木刀を いつも握っていた訳だが、 とにかく慣れない仕事をこなすために日々精一杯働いた。 おまけに、食事の配膳のため両手に器を持って歩いている時に 幸村が悪戯を仕掛けてきたり、 イナが何か失敗をした時、幸村はそれを目ざとく見つけては信幸に報告をしに行っていた。 ……せっかく、私のことをご厚意で屋敷に置いてくださっているのに こんなに失敗ばかりしていたら、信幸様を失望させてしまう…… 何度目かの皿を割ってしまったある晩、 イナが厨房で一人泣いていると 後ろから静かに足音が近づいて来た。 「——家族が恋しい?」 優しい声がかかり、それが信幸のものだと気付いたイナは顔を上げた。 慌てて涙を拭くと、 「いいえ……!」 と答え、そして信幸に頭を下げた。 「……申し訳ありません。 また、お皿を割ってしまいました。 私はここに置かせてもらっている身なのに 恩を返すどころか、ご迷惑ばかりをかけて……。 自分があまりに情けなくて——」 イナがそう答えると、信幸はふふっと笑った。 「そっか、良かった」 「えっ?」 イナは目を丸め、思わず信幸を見つめた。 「良かった、って……?」 「ああ。言葉が足りなくてすまない。 君が泣いている理由が、もしご家族を思って泣いているのだとしたら 亡くなった人を生き返らせることは俺には出来ないし 何もしてあげられないから忍びなく思ったけれど……。 お皿を割ったくらいなら、新しくお皿を買い直せば良いだけなのだから簡単な話だろう?」 信幸はそう言って、 「君はよく頑張ってくれているよ」 と微笑みかけた。 イナは顔を真っ赤にして俯くと、ぎゅっと目を瞑った。 ……信幸様……。 私は……信幸様のお役に立ちたい。 他の誰よりも、信幸様のお役に立って、喜んでもらいたい。 私でも、何か信幸様のために出来ることはないかな……。 「……私は……、」 「うん?」 イナは、震えた声で言った。 「信幸様に……喜んでもらいたいです……。 私ができることで……信幸様を喜ばせてあげられること……何か、ないでしょうか?」
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