第一次上田合戦

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信幸に宣言したイナは、早速次の日から幸村に読み書きを教え始めた。 信幸から予め幸村に話を通していたため イナが幸村の元を訪れても驚かれることはなかったが、 代わりに分かりやすいほど嫌そうな表情を浮かべた。 「……確かにさあ、いつかは読み書きを覚えなければと思ってたよ。 でもなんで、よりによって女中のお前から教わらなきゃならないんだ!」 「私だって、好きで幸村に勉強を教える訳じゃないよ」 「主君に向かって生意気だぞっ!」 「幸村は主君じゃないよ! 私の主君は昌幸様と……信幸様」 「……あっそぉ」 幸村はやれやれと頭を掻きながら、大人しく文机の前に座った。 それから数週間の時が経ち、 少しずつ読み書きを覚えていった幸村。 孫子の兵法を読み解くにはまだまだ予備知識が足りない状態だったが、 幸村が自分で文字を書き、信幸に感謝と嫌味を込めた文を渡した時には 信幸は薄らと目元を濡らし、弟の成長を喜んでいた。 ある日、いつものようにイナと幸村が勉強をしていると、 筆を持つ手が痺れてきた幸村は、大きく伸びをして言った。 「——イナって、兄上のことが好きだよな」 「なっ……!?」 イナがカッと顔を赤らめると、幸村は 「分かりやすいなー」 と半ば呆れたように言った。 「兄上に、慕ってるって伝えたことあるの?」 「そ——そんなの、ある訳ないでしょ! 信幸様は主君だから……。 私は、そんな畏れ多いことを言える立場にはいないよ……」 「……まっ、農家の娘だしなー」 幸村はニヤニヤと笑みを浮かべて言った。 「……何、その顔」 イナがむっとした表情を浮かべると、幸村は待ってましたとばかりにこう言った。 「残念な話だけど、兄上は真田家の嫡男だから お前のような身分の女とは結婚しないよ」 ——そんなの、分かってる。 イナは言葉を返す代わりにため息をついた。 私は真田家と敵対する徳川家に仕える家の娘なのだ。 結婚のような、家と家が繋がる関係を 私と信幸様が結ぶことはできないだろう。 イナが沈んだ表情で黙り込むと、幸村は場を繋ぐように言葉を付け加えた。 「……っ、兄上の意思とは関係なく 結婚相手は父上が決めるからさ!」 「うん」 「だから兄上がどう思っていようが、 お前が兄上と夫婦になる未来はないってこと!」 「うん……! そんなに念を押されなくたって、分かってるよ」 イナが少し苛立ったように言うと、幸村もどこか怒った様子でこう続けた。 「——ま、次男坊の俺はそういう制約がないから 好きな奴と自由に結婚できるんだけどな!」
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