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そんなことを考えていると突然顎を掴まれて相手の指が唇をなぞり、驚いた拍子に緩んだ口元から男性の親指が押し込まれた。気持ち悪い、触れてほしくない。必死に男性の腕を掴んで離れようとしたが、それでも背筋に電流が走る感覚に思わず体の力が抜けてしまう。
「騒がれたら困るから、苦しいけど我慢……あれ? もしかして、口弱い?」
「やめてくださ……っ、んぐ!」
「へえ、俺の指咥えて感じてる?」
「……っ」
「ふ、かーわいい」
不覚にも相手の言う通り、三神峯は口の中が弱い。弱いと言うより、特に他人の意思で好き勝手させるのが一番苦手だった。
無理やり押し込まれた親指がばらばらと口内をかき回す。このまま噛み千切ってやろうかと頭では思いつつも、口内をかき回されると身体の力が抜けてしまって何もできない。それに気づいたのか、相手の男性が興奮したように舌なめずりをしたのがわかった。
「あー、俺、別に男の趣味はないけどお前とならヤれるかも。最近忙しくてご無沙汰だったんだよ」
「ん、ぐ……っ!」
口から指を引き抜こうとしたのだろう、一瞬だけ口内をかき回す指が動きを止めた。その隙をついて、思い切り噛みついた。
「いっ! ……てぇな……!」
「った……」
驚いた相手の爪が三神峯の口から出した瞬間に唇を傷つけたが、それを構う余裕はなかった。早くこの場から逃げなければ、それしか頭になかった。
「っ、すみません、次で降りるので……」
二人掛けの窓際の席を指定したことを後悔した。彼を振り切るように嘘でその場を凌ぎ、荷物をまとめて早々に席を立つ。新幹線の備え付けのトイレで鏡を見れば爪で深く切ってしまったのか、血が滲み垂れていた。ワイシャツにつかなかっただけマシだろうか。
「先が思いやられるなあ……」
新大阪の駅に着くまでの三十分弱は、胃を擦りながらデッキで過ごすことにした。
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