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抱きしめるかのように少しだけ力強く背中を擦る手はどこか優しくて、気持ち悪さも胃痛も抜けていくような気がする。結局咳と一緒に口の中の唾液を吐きだしただけで胃液までは出てこなかったが、嗚咽が落ち着くまで御堂は背中を擦ってくれていた。その間、誰もトイレに入ってこなかったことが救いだった。
「すみません、御堂さん……」
「気にすんなって。もう大丈夫? まだ吐きそう? って、すみません、慌てたもので失礼な口利きを……」
「いえ、助かりました。こちらこそ変なところをお見せしてしまってすみません。おかげで落ち着きました」
「落ち着いたのならよかったです。僕は気にしていないので大丈夫ですよ。口、濯ぎましょうか。立てますか?」
御堂は気にしていない様子で洗面台まで行くと一度手を洗ってから三神峯を支えて立ち上がらせてくれた。とは言え三神峯自身、穴があったら入りたいほどいたたまれなかった。他人に、それも同性に襲われたあんな醜態を、唾液だけとはいえ吐き戻すような汚いところを、これから一緒に仕事をする人に見せてしまったのだ。
洗面台で軽く口を濯いで顔を上げると、鏡越しに三神峯の唇に目線を向けた御堂が眉を潜めた。
「唇、腫れてますね。絆創膏貼るにもかえって目立ちそうだしな……」
「すみません、大事な展示会なのに、こんな目立つ場所に傷を作ってしまって」
「ああいえ、そういう意味ではないですよ。痛そうで心配で」
「見た目ほど痛くはないので大丈夫です。ありがとうございます」
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