スターゲイザー

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スターゲイザー 「最近のあいつ、変じゃね?」 「そう?」 「いや、絶対変だ。今日なんて、おれ5回くらいミスしたのに、スルーだったし。」 バンドの練習後のスタジオ。さっさと帰ったギターとボーカル担当、藍沢蓮に対して、ベース担当、伊藤孝太とドラム担当は話し合う。内容は、明らかに様子のおかしい蓮のこと。 「いやだって、普段の様子を思い出してみろって。」 と、孝太。以下、普段のやり取り。 「先輩、そこのリズムあってないです。もう一度。」 と、冷たく告げる連に対して、孝太は弱音を吐く。 「蓮ー、ここのリズム変態すぎだってー。」 しかし、蓮は突き放す。 「なに泣き言言ってるんですか。もう一度。」 「たしかに。」 と、納得するドラム担当。 「だろ?」 と、力強く断定する孝太は続けて言う。 「だってさ、おれが文化祭でバンドを組もうって提案したときの蓮の一言目、覚えてるだろ?」 「おれ、メジャーデビュー目指してるので。下手くそとはやらないので。」 放課後の教室で蓮の発言を聞いたとき、孝太の思考は停止した。遠くから吹奏楽の音が聞こえてくるなあ、なんてぼんやりと思った。 ステージ上のバンドマンなんて、詐欺師みたいなものだ。どんな平凡なやつだって、最高のメロディとサウンドを奏でれば、スーパースターになれる。ステージ上の蓮は、それこそ神様のようだった。伸びやかな高音に、華やかなギターテク。誰も彼もが、彼の輝きに目を奪われる。そして、それは孝太も例外ではなかった。 ライブハウスで蓮の演奏に一目惚れし、後輩である2年棟で散々聞き込みをして、たどり着いた結果がこれである。 「じゃ、これ、僕が納得するレベルまで仕上げてください。」 そう言って、蓮は楽譜を渡してきた。曲は、UNISON SQUARE GARDENの、シュガーソングとビターステップ。 「えっと、納得するレベルとは…?」 と、おそるおそる後輩に尋ねる孝太。 「田淵さんレベルまでは求めませんから。」 と、あっさり先輩へ返答する蓮。 そこからは、必死だった。まず曲がめちゃくちゃ難しい。孝太とドラム担当は完全に初心者だったため、通しで弾くのもやっと、原曲のスピードで弾くのなんて夢のまた夢、というレベルからのスタート。そしてこの曲、ベースの難易度が高い。 それでも、孝太を突き動かしていたのは、蓮と弾いてみたいという衝動だった。きらきらひかる、あの星に手を伸ばすみたいに。 結局、蓮にバンドの誘いをしたのは、孝太たちを含めて4組いたが、蓮が納得するレベルに達したのは孝太たちのみだった。まあ、それもぎりぎりだったが。 その時の感動を、今でも覚えている。蓮はにこりとも笑わずに言った。 「先輩たちの演奏、素敵でした。」 それから。 「僕にかけてみませんか。まあ、その気があればですけど。」 「まあ、まえの一曲がバズったからなあ。さすがの蓮も、浮かれてるのかもな。」 と、ドラム担当は返す。 なんとなくでSNSに載せた曲が拡散され、踊ってみた動画でなぜかバズった。あれよあれよという間に、その曲を沢山の人が聞くこととなった。 「いやあ、時代だよなあ。」 「もしかしたら、おれらメジャーデビューあるかもな!」 「なーんて、わはは!…はい、夢みたいなことは置いといて、バイト行くわ。」 「もう少し浸らせろよ!急に現実に戻るな!いってらっしゃい!」 ドラムをバイトへ送り出し、孝太も家路に着くためにスタジオを後にする。スタジオ入り口を通り過ぎたときに、見慣れないスーツの男性に気がついた。横目で見つつ、通り過ぎようとした時、あの、と声を掛けられた。 「すみません、レゴリスっていうバンドって知っていますか?ちょっと、メンバーの方と話がしたくて。あ、申し遅れました、私このような者です」 そう言って、男性が差し出した名刺には、レコード会社とマネージャーという、先程まで笑い飛ばしていた夢のような言葉が書かれていた。 孝太は緊張でどぎまぎしながら、 「はい、おれはそのバンドのメンバーです」 と返す。男性は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔に切り替わる。 「これは申し訳ありませんでした。まさかすぐ御本人にお会いできるとは思っていなかったので」 「い、いえ。それで、どんな御用でしょうか」 「はい。楽曲が話題になっていると聞き、拝聴しました。キャッチーなメロディでありながら、個人的な愛の歌を歌ったこの曲に、私自身も非常に感銘を受けました。ですので」 ごくり、と孝太は生唾を飲み込む。苦節5年、バイトを続けてなんとかやってきたおれたちにも、ついにメジャーデビューのチャンスが… 「ギターの蓮さんをソロで、メジャーデビューできないかという話しが出ていまして」 「は」 突然冷水をぶっかけられたかのような感覚に、孝太は目眩を覚えた。 マネージャーらしき人物は、固まる孝太を気にもとめず、どんどんと話を進める。蓮一人にメジャーデビューの話をしたが、断られたこと。バンドメンバーから、ソロデビューするように説得してほしいということ。 「そのほうが幸せですよ。だって、あなた達のレベルじゃ、メジャーデビューなんて無理なんですから。」 「うわ、酒臭っ。本当に来たんですか。」 「よう蓮!久々に酒飲もうぜー!」 「僕、曲作ってるっていいましたよね。仕方ないな、上がってもいいですけど、僕は構いませんよ。」 蓮は渋々孝太をダイニングのテーブルへと案内し、自身は自室へと戻ろうとする。 「なんだよー、一人にするなよー。」 と、自室までくっついてくる酔っぱらいを引きはがすことができず、酔っぱらいは作曲部屋でビールを飲んでいる。ビールの匂いで部屋がむせ返る。 突然孝太から電話があり、家に行くという申し出を、蓮は当然のごとく断った。はずなのだが、なぜこんなことになっているのか? そういえば、と蓮は思う。先輩、お酒強かったっけ? 蓮は電子ピアノへ向かい作曲をし、孝太はビールをひたすら飲むという時間が30分ほど続いた結果、孝太はべろべろに酔っ払っていた。ごん、という音が響き、蓮が振り替えると、机に突っ伏した孝太がいた。仕方ない、ソファーにでも運ぶか、と蓮は立ち上がる。 「先輩、飲みすぎですよ。ソファーに行きますよ。」 「あー、うん。」 孝太の肩を支え、とりあえずソファーに座らせる。二人でソファーに並ぶ形になる。 「大丈夫ですか。」 「…蓮。おれ、マネージャーに会ったよ。」 振り絞るような孝太の声は、どこか震えていようだった。 「……話したんですか。」 蓮の返答は、困惑と怒りがみられた。 「うん。蓮のメジャーデビューの話も聞いた。」 「…あいつ。」 「なあ、蓮。」 孝太は、ろれつの回らない中で、必死に話す。酒の力に頼らないと勇気がだせないなんて、おれもどうしようもないやつだな。 「おれは、お前がどれだけ真剣にバンドをしているか、一番理解しているつもりだ。それに、プロになれる技量だって備わってると思う。正直、足枷になっているんじゃないんかって、考えたこともあるけど、でも…」 一瞬だった。孝太が言い終わらない内に、蓮は手で孝太の口を覆う。そして、ソファーに押し倒す。孝太は抵抗することもできない。孝太の上に蓮が覆いかぶさり、身動きが取れない。 蓮は、ほとんど衝動的に捲し立てる。殴りかかるみたいに、言葉を孝太にぶつける。 「そうだよ、本当に馬鹿だよな、ろくな才能もなくて、この世界の事も知りもしないで、のこのこと僕の口車に乗りやがって。貴重な人生を浪費したな。先輩たちは、ここで僕に使い捨てられるんだ。それが当たり前の世界で、才能の差なんだ。」 はあ、と息が上がるのを蓮は感じる。目には涙が滲んでいる。 孝太は、じっと蓮をみつめた後、ゆっくり口を覆う手を退ける。そして、蓮の首に手を回し、引き寄せる。蓮は放心しているのか、されるがままだ。孝太は、蓮に優しく語りかける。熱くなった蓮の体温を感じながら。 「うん、そんなのがおまえの本心じゃないことくらい、分かってるから。だってお前は、誰よりも、このバンドに真剣に向き合ってるんだから。」 う、という蓮の嗚咽が聞こえた気がする。 「お前、マネージャーの話をおれたちが聞いたら、身を引くんじゃないかって思っただろ。」 蓮は貝のように動かない。 「馬鹿だなあ。でもまあ、おれも同じでさ。お前が、一人でデビューしたほうがいいんじゃないか、なんて考える瞬間はいくらでもあった。でもさ。 おまえは、いつだって諦めないでいてくれたろ。おれたちは泣きそうになりながら曲に向かい合っていたけど、おまえだって同じくらいおれたちに向き合ってくれてた。おれにとって、お前は手の届かない存在なんだ。でも、ライブが成功するたびに、普段は仏頂面のくせに、くしゃくしゃの笑顔になるもんだからさ。勘弁してくれよ、本当に。おれたちは、その顔が見たくて、一生懸命だったんだからさ。」 肩を震わせる蓮を抱きしめながら、孝太は続ける。 「だから、甘いかもしれないし、無謀かもしれないけど、おれはおれたちのバンドを続けたい。3人で音楽がしたいんだ。」 ああ、やっと言えたな、と孝太は思った。こんなことを言うためだけに、べろべろに酔うなんて、根性がなさすぎる。 「ぼく、は。」 蓮のくぐもった声が聞こえる。 「先輩たちの演奏を初めて聞いたときに、思ったんだ。こんな熱の籠もった、叫びみたいな演奏を、ずっと聞いていたいって。ぼくも、その仲間に入れてほしいって。」 震える声を聞きながら、孝太は思った。ああ、なんだ。難しいことなんてなかったのか。おれたちはちゃんと、同じ方向を向いていたのだ。 「ああ、ほんっと、くそむかつく。」 連の呟きが、肩の揺れで伝わる。 「むかつく、天然のくせに、繊細で、不安定で、時折傲慢で。」 ぽつぽつと、絞り出すみたいに。 「だけど、しかたないだろ、それじゃなきゃ、足りなくなったんだから。」 「えーと、それはベースの話…?」 と、孝太が返すと、蓮はむくりと起き上がり、 「まあ、とりあえず、それでいいですよ。」 と、不敵に笑ったのだった。 蓮はがむしゃらにペンを走らせ、ピアノを弾く。気がつくと、孝太は机に突っ伏して寝ている。 「先輩、そこで寝ると風邪ひきますって。」 孝太をがくがくと揺らすが、起きない。じっと、孝太を見つめ、蓮は耳元で囁く。 「愛してる」 ふと孝太の顔を見ると、耳まで真っ赤になっている。 「先輩の、ベース」 と蓮がいたずらっぽく返すと、 「あ、そうだよね!?!?」 と、孝太は取り乱しつつ、がばりと起き上がる。 「はい、じゃあこれ。」 と、蓮は譜面を差し出す。輝く星のような、きらきらした瞳で、 「新曲です。覚悟してくださいね。」
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