夫婦三昧

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夫婦三昧

男は妙にすっきりと目を覚ました。 名は倉田助兵衛。 でっぷりとした腹に浅黒い肌。 油の乗った唇からは涎が垂れている。 ふと横を見ると昨日買った女郎が半裸で寝ていた。 昨夜の情事を思い返し、卑下た笑みを浮かべる。 ちなみに昨日は別の女が寝ていた。 一昨日も別の女が寝ていた。 その前の日もその前も、もらった俸禄を手にした側から河岸のように女を買っては食い散らかす。 市中の治安を預かる同心の身でありながら、女と見れば下は幼子から上は老婆まで見境なく手を出すことで有名であった。 外に出るとすでにお天道様は高くに登っておられる。 「さて、今日はどの女を……」 「倉田様!」 「ん?」 声をかけられ振り向くと、それはそれは大層な美人がこちらを見ていた。 商家の町娘であろうか。 歳の頃は十六。 幼さが残りながらも鼻筋整い、大きく利発そうな目をしている。上等な着物を羽織り、桜の簪を差していた。透き通るような頬を上気させながら倉田に駆け寄り、その腹と胸に飛び込んだ。 「おいおい、一体どうしたんだ?この同心・倉田助兵衛さまが聞いてやろう」 「まあ倉田様、ご冗談を。昨晩夫婦の契りを結んでくださったばかりじゃあありませんか」 「……え?」 一瞬、なにをいっているの意味がわからなかった。 倉田は昨晩安い女郎を買って情事に励んだばかりである。 こんな美人に言い寄られていたのなら、間違いいなく家で寝ているのはこの女だったに違いない。 「お、俺とお前さんが夫婦の契りを結んだのか?」 「お前さんだなんて他人行儀な。おりょうとお呼びください」 おりょうといった器量良しは無垢な瞳を向けてくる。倉田からしてもこんな美女と夫婦になれるなら渡りに船だ。 もしかしたら酒を飲みすぎて忘れてしまったのかも知れない。 そうと分かればと、その手を尻に伸ばした時だった。 「倉田の旦那さま!」 「……え?」 今度は身の丈七尺(195センチ)の女が土埃を纏いながらやってくる。 鳥の巣のような頭で髷に結った随分と恰幅のいい女だ。 歳は四十手前の姥桜。 丸太のような腕に桜色の小袖がはち切れんばかりの胸板、黒の十徳を羽織り、いかにも勝ち気そうな瞳は江戸っ子の姉御肌といった風情である。 大女はかけよるとおりょうから奪い取るように倉田助兵衛をすっぽりと胸板に包んでしまった。 「昨夜結んだ夫婦の契り!思いの丈を込めたあんたの言葉にこのお滝、涙が止まらかったよ!」 「ふごおおお?!(俺、そんなこといったの?!)」 昨晩は確かに酒を飲んだのかもしれない。 しこたま泥酔するほど飲んだのかも知れない。 女郎を買う前に稀代の美女と稀に見る大女に夫婦の契り安売りして、霞ほども覚えていないのだから。 いやしかし随分と逞しい、ちょっと窒息しそうなほど逞しい腕だがまあいい。 大女といえど女である。 その手が肉で締まりきった尻に伸びた時だった。 「あー!」 「うんうん!」 「……は?」 次に現れたのまだ四歳ほどの幼い双子。 紐のついた子ども着を着ており、瓜二つの相貌だが、ゆくゆくはおりょうにも劣らぬ美人になるであろう端正な顔立ち。 それでいて万人を笑顔にしそうな愛くるしさに溢れていた。 「めーと!」 「ちーり!」 「……もしかして夫婦の契りか?」 「あー!」 「うんうん!」 「いやまじか俺」 双子は倉田が自分たちとも夫婦の契りを交わしたと主張している。 倉田は眉根を寄せずにはいられなかった。 確かに、確かに女と見れば見境いはない。 市中のありとあらゆる女に同心という権力で尻やら胸を触り、卑猥な言葉を浴びせてきたことは自身も大いに認めるところである。 しかし目の前の幼子ははっきりって射程範囲の中でもかなりぎりぎりだ。 記憶には微塵もないのだが、一日でこんなにも大量の妻を娶れたのだし、なにも悪いことはない。 尻も胸も触り放題、し放題。 願ってもない状況に倉田はすべてを忘れて受け入れようとした時だった。 「わん!」 「次はなんだ!」 「わーん、きゅん!」 そこには黒と白の毛並みが美しい雌の柴犬が尻尾を振りながらこちらを見ていた。 鼻筋整った端正な顔だ 「いや犬じゃろ!」 「くううん」 「もしかしてお前とも夫婦の契りを?」 「わん!」 「いや俺まじか!」 確かに、確かに女と見れば見境はない。 しかしこれは雌である。 まあ雌なので大丈夫なのだが、大丈夫だといろいろ大丈夫ではないのである。 ついに倉田は頭を抱えて考え込んでしまった。 昨日飲んだのは酒なのだろうか、あるいは(どぶ)でも(すす)ったのだろうか。 犬にまで夫婦の契りを吐いて回るなど正気の沙汰ではない。 倉田が必死に昨晩のことを思い返そうとしていると自称倉田の妻たちが倉田を中心に挟んで諍いを始めてしまう。 「ちょっと!私が倉田様の妻よ!」 「なにいってんだい!あたしが正真正銘の妻さ!」 「あー!」 「うんうん!」 「わんわん!」 倉田はお滝の屈強な胸板と腕に挟まれて意識が薄れていく。 ついに俺は獣にまで手を出してしまったのかと。 女といえば女なのかと。 双子が漏らした糞とゲロに塗れながらすべてが暗闇の中へと落ちていったのだった。 …… ………… ……………… 男は妙にすっきりと目を覚ました。 なにか悪い夢をみていたように思うが、どうにも霞がかって上手く思い出せない。 でっぷりとした腹に浅黒い肌。 油の乗った唇からは涎が垂れている。 なぜか着物には茶色の染みがついていた。 ふと横を見ると昨日買った女郎が半裸で寝ていた。 昨夜の情事を思い返し、卑下た笑みを浮かべる。 昨日は、 昨日は誰が寝ていたんだ? 思い出せないまま、気分を変えようと外に出て朝日を浴びる。 「さて今日はどの女を……」 「倉田様!」 「……え?」 声をかけられ振り向くと、絶世のな美人がこちらを見ていた。 その瞬間、大女から双子に犬まで、まるで先程のことのように思い出す。 また同じことが起こり、再び目覚めて……という恐怖が全身を怖気となって駆け巡る。 このあとに起こることを予見し、倉田は何事かを叫びながら脱兎の如く逃げ出した。 倉田が逃げ出したあと、おりょうの後ろから大女のお滝や双子と黒柴が現れる。 「まったくあの同心。本当に見境がない」 「本当!倉田様なんてもう死んでも呼びたくない。でも上手くいったみたいでよかった!」 「あー!」 「うんうん!」 「きゃん!」 すべてはこの女たちが仕組んだことだった。 市中の女に手当たり次第に嫌がらせをする倉田。 しかし同心という手前、手荒なことはできない。 そこでおりょうが一計を案じ、倉田を懲らしめたのだ。 嘘か真か。 この後、倉田助兵衛は二度と女郎が買えない身体になったとかならなかったとか。 真相は夢の中である。
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