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 「お医者様に診てもらった方がいいかしら」  圭一さんの寝顔に向かって、そっと問いかけてみる。  「私、どこかおかしいのかも」  彼は、切れ長の目をうっすらと開けると、私の長い髪を撫で、「大丈夫」とだけつぶやいた。  その穏やかな声を聴いているだけで、心配が少しずつ溶けていく。  圭一さんと出会ったのは、二年前。  夜明けも押し迫った場末のバーだった。  渾身の持ち込み原稿を足蹴にされ、突き返された私は、周りを寄せ付けない殺気を放ちながら、ヤケ酒をあおっていた。  目は血走り、息は荒く、完全に我を失っていたと思う。  強いアルコールに耐えきれず、化粧室の前で倒れ込んでいた時、優しく背中をさすってくれたのが圭一さんだった。  全て吐きだし空っぽになった私に、コートを羽織らせ、アパートまで運んでくれたのも彼だった。  家の真っ白い天井を見上げながら、「どうして」と枯れ果てた声がこぼれると、「放っておけないから」と微笑んでくれた。  その姿は、朝日に照らされていることも相まって、私の眼には眩しく映ったのを覚えている。  その日から、私たちの関係は急速に深まっていった。  白波瀬圭一と黒島和歌子。  名前も白と黒で対照的だけれど、生まれや生活環境、性格、全てにおいて、私たちは真逆だった。  彼は、真面目を絵に描いたような人。  七三の髪型の分け目は常に一定で、万が一のことを考え、同じ眼鏡、シャツ、スーツのスペアを常に持ち歩くような男だ。  一方の私は、三十過ぎてフリーター。  まだ、小説家になりたいという夢を追いかけているような冒険心の塊のような女だ。  それでも、その違いが新鮮で、ますます互いのことを知りたくなった。  いつしか、彼は毎週金曜日の午後十時には、必ずアパートに足を運ぶようになり、私もその日は念入りに化粧をするようになったのだった。  ドレッサーの前には、化粧品のほかに、眼鏡や金のタイピン、腕時計など、異物が増えていく。  嵩張るのを嫌う私でも、これだけは許してしまうのだった。
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