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 金曜日の夜、圭一さんは来なかった。  毎週十時ぴったりに訪ねてきていた、あの律儀な圭一さんがだ。  連絡をとろうとしても、電話も通じない。  心に広く暗雲が立ち込め、浸食していく。  私が捨てられただけならいいけれど。  数日が経ち、悶々として迎えた土曜日の朝。  悲愴なニュースがテレビから流れてきた。  「白波瀬一族の豪邸が全焼。四人が死傷」  我が目を疑ったが、間違いない。  このお屋敷は、圭一さんの住まいだ。  心臓の鼓動は一気に加速し、冷や汗が止まらない。  私は震える指でリモコンの音量を上げた。  「圭太郎さん(71)、妻・薫子さん(65)、息子・圭二さん(35)が死亡。長男の圭一さんは軽傷で、市立病院へ運ばれました」  六畳間の部屋の隅で、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。  「何が起きたって言うの」  バイト先に休みの連絡を入れると、私はすぐに病院へと向かった。  着の身着のままで、タクシーで乗りつけると、全速力で救急の受付へと走った。  「すみません! 白波瀬圭一さん、いらっしゃいますか? 私、友人で」  息も絶え絶えに言葉を吐きだすと、「黒島和歌子さんですか? 」と逆に問われた。  無言で何度も頷く私に、受付の女性は一通の手紙を差し出した。  「あなたが来られたら、これを渡すように言われまして」  破るように封筒を開けると、中には無地の便箋が一枚入っていた。  そこには、一言。  「明日、夜十時に、例のバーで」とだけあった。  心には、安堵と不安が代わる代わる押し寄せ、思わず床にへたり込んでしまった。  この整った字は、紛れもない彼のものだ。  天井の青白いライトを見上げると、自然と涙が頬を伝っていった。
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