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6
はやる気持ちを抑え、私は夜を待った。
その日は一日、何も口にできなかった。
なぜわざわざ店に呼び出すのだろう。
不思議と、喜びよりと訝しむ心が強かった。
朝から、あのストールとベージュのコートを着て、椅子に座り、時が流れるのをただ眺めていた。
ここから歩いて、バーまで五分もかからないのだが、私は九時を待たずに家を出た。
カウンターの奥の二席が、私たちの指定席だ。
入り口のガラス越しに覗くと、そこには誰もいなかった。
代わりに、テーブル席に一人、スーツの男が背を向けて座っている。
眉をしかめながら店のドアを開けると、男はこちらを一瞥し、腰を上げた。
黒のロングコートにマフラー、赤いネクタイ、金のタイピン、涼しげな目元に七三の髪型。
「圭一…さん? 」
けれど、まとっている空気が、明らかに彼のものではない。
男はバツが悪そうな顔をして、「こちらへどうぞ」と椅子を引いた。
促されるまま席に着くと、椅子の背を押しながら、彼はつぶやいた。
「黒島さん、はじめまして。白波瀬圭二です」
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