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1.
家に帰ると、リビングのソファの上に同居人が落ちていた。
2月半ばの夕方。どんよりとした曇り空が朝から続いた憂鬱な日だった。気圧の変化による頭痛を薬でどうにか誤魔化して仕事を切り上げ、最寄りの駅を出たときには小雨が降っていた。
雨の中、家まで40分の道を歩くのが億劫だった。それで、同居人である柴本に車で迎えに来て貰おうと思い、アプリでメッセージを送ったのだが、返事がなかった。
てっきり急な仕事でも入ったのかと思っていたが、まさかソファの上に横たわったまま動かなくなっていたとは。
ただいまと声を掛けると
「……おう、おかえり」
気が抜けたような返事。いつもならば元気いっぱい、わたしと違って気圧の変化に悩まされることもないタフな男だ。なのに今は殺虫剤を掛けられたコオロギみたいに弱りきっている。
人間であるわたしは、彼と違って感情の匂いを嗅ぎ分けることは出来ない。けれども1年半以上も生活を共にしていれば、たとえ何も言わなくても様子がおかしいことくらい察しが付く。
具合でも悪い? わたしの言葉とほぼ同じタイミングで同居人はごろりと寝返りを打ち、うつぶせの姿勢になった。くるりと巻いた尻尾が大振りな動きで揺れている。首を上げて上体を反らしたような姿勢は、エジプトのスフィンクスをだらしなくした感じに見えなくもない。
「まぁ座ってくれよ」
ショボショボと目を細めながらソファの空いている場所を軽く叩いて示す。
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