19人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
7.
人間至上主義を掲げる結社『真なる人の会』が研究開発を続けていた、新たな香水を思い出す。
獣使いの開発名で呼ばれていたそれらは、嗅覚に鋭い生物にだけ作用する鎮静物質で判断を鈍らせ、手懐けることを目的としている。
内服型、飲んで体の内側から匂いを変えるタイプだ。
いくつかの無視できない副作用があると聞いていた。それで、実用化は見送られていた筈である。
何年も前の情報だし、そもそも開発していたのはまったく別の部署だった。
今はどうなっているのか分からない。
副作用はさておき、一般にも出回り始めているのだとしたら、それは良くない兆候だろう。
今日、柴本が遭ったように、騙されて悪事に荷担させられる者が出てくる筈だ。
いや、気付いていないだけで、既に被害に遭っている獣人は居る可能性だってある。
河都市が美点として掲げる多種族共生は、実のところギリギリの状態で保たれている。
日々、生理生態や価値観の違いに基づく問題が起こり、少なくない数が未解決のまま山積みのままだ。
その脆い秩序を壊すきっかけとしては充分過ぎるだろう。
かの団体が運営する学校法人で教育を受けてきたけれど、今はもうほとんど縁を切っている。
この街に流れ着いて数年。だいたい平和な毎日を送ってきた。
出来ることなら、これからも平穏に暮らし続けたい。
少し前のわたしならば、迷わず何も見なかったことにしたと思う。
自分以外の他人には興味がなかった。いや、少し違うか。
遠くから眺めて楽しみはしても、近付いて重荷を分かち合うなどとは考えもしなかった。
最初のコメントを投稿しよう!