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「今ならこのフカフカが触り放題だぜ? 悪くねぇ話だろ? なぁ」  膝枕でナデナデをご所望か。かろうじてプライドを保つための軽口。つい笑いがこぼれてしまう。    彼ら犬狼族(けんろうぞく)の獣人は他人との距離感が近い傾向にあるようだが、この男はそれが著しい。事あるごとにわたしの匂いを嗅ぎたがり、体に触れたがる。同居を始めて1年半。今やすっかり調教されてしまった。  勧められるままにソファ座ったわたしの膝というか太ももの上に、赤茶の毛並みに覆われた頭がごろんと乗っかる。遠慮のない体重78キロ。背丈は獣人にしては小柄な162センチだが、骨と肉が特盛りでガタイは良い。  百歩いや十歩くらい譲って膝枕は許してやろう。けれど、股間の辺りに鼻っ面を突っ込んで息をスゥーッと吸い込むのはどうかと思うんだ。さすがにびっくりして声を荒げると 「おう悪ぃ。ちょっと嗅がせてくれよ。……うーん、お前の匂いは分かる。鼻づまりじゃねぇ。じゃあさっきのは一体……」  何かを考え込むようにぶつくさと呟く。お鼻の動作チェックは構わないけど、せめて理由くらいは聞かせてくれよ。 「今日、騙されちまったんだよ」  誰に? 「依頼人(クライアント)にさ」  は? 何だって?  思わず、耳を疑った。壁に掛かったカレンダーを横目で見る。エイプリルフールはずっと先だ。  犬狼族のなかでも飛び抜けて鼻が利き、感情の動きさえ嗅ぎ分けられるような男である。嘘発見器を搭載したようなヤツが騙されたとは。(にわか)に信じ(がた)かった。
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