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あのキスのことがあって以来、俺は咲輝を避けている。
あんなことしたのは俺なのに、咲輝が話しかける度に苦しくなる。
嫌いになっただろうな、とか考えただけで話せなくなる。
「緋禄、学食に…」
「悪ぃ、先生に呼ばれてんだ」
だから避けてしまう。
ポジティブな俺なのに、今はこんなにもネガティブだ。
咲輝、
嫌いにならないで。
これ以上、俺を嫌いにならないで。
最悪の状態のまま、離れたくない。
お前が離れるくらいなら、俺はお前を避けるしかない。
話したい。
戻りたい。
離れたくない。
嫌われたくない。
どうしたらいいか分からない。
「おい雨月」
「寺伝…」
咲輝を振り切ったあとに、同じクラスの寺伝に話しかけられた。
「ケンカでもしたのか?前山と」
そんな話はしたくない。
俺だって、悩んでんだよ。
「別に」
「態度があからさまじゃねぇか。見てるこっちが痛いっつの」
「うるせぇ!」
わかってるよ。
咲輝が、優しさから俺を気づかってくれてること。
咲輝はあのキスをなかったことにしようとしてる。
わかってるよ、咲輝のこと。
親友の俺が一番わかってる。
「俺だって、辛いんだよ…」
寺伝に聞こえない程度で呟いた。
だって咲輝と普通に戻るってことは、
あのキスは風化されちまうってことだろ。
記憶から消して、
何もなかったことになる。
そしたは俺は、残らない。
咲輝の記憶に残らない。
何も、残らない。
「雨月…なに泣いてんだ」
無意識で涙がこぼれた俺に寺伝が焦った。
理由は言わない。
言わないんじゃなくて、言いたくないんだ。
だって事実を知ったら、お前だって悲しむだろ?
「泣いてねぇよ」
「…まぁ、そういうことにしてやるよ。深くは聞かねぇから」
「仲直りするよ。そのうち」
「そっか。ならいいけど」
事実を言ったら、
お前だって、
俺が死ぬって知ったら悲しむだろ?
時間が無いはずなのに、感情が邪魔して動けない。
なぁ、咲輝
お前の中から俺を消さないで。
焼き付けて。
記憶だけでもいいから。
俺を残して。
だから俺を嫌いにならないで―…
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