彩づく影

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最近『影狩り』が頻繁に出没しているという。闇に紛れて現れるその輩たちは影隠しのローブを無理矢理剥ぎ取って影を光の下に晒し、稀少な影があれば攫っていくという。影にどれほどの価値があるのかはさておき、まことしやかに流れるその都市伝説は人々の表情に少なからず影を落とした。 世界はいつも闇に覆われている。 影は魂の写し身。人の身体に光を当てて顕在化するその形は、その人物の隠したい内面や本質をそのまま表していると信じられている。迷信といえばそれ迄で、影なんて気にしていない国もあると聞くが少なくともこの国ではいまだに影は人々にとって守るべき、不可侵の存在だった。 例えば遠くの国では髪を露出しない女性もいると聞く。秘すれば花とはまた違った意味を持つが、何にせよ隠されることに意義があるのは似たようなものかもしれない。 家族にしか晒さない影の色は、愛する伴侶を得た時に行われる『影渡し』の儀式によって開示される。互いの色を確認し合い、徐々に互いの影を溶け込ませて馴染ませて一体化させる『影合わせ』によって生涯を共に過ごす伴侶になっていくのだ。馴染まないまま肌を重ねれば身体への反発が酷く、新たな生命を生み出すことも出来ない。また、一度溶け合った影は二度と元の色には戻らない。影渡しも影合わせも慎重に行わなければ取り返しがつかないからこそ、影は隠され守られ、人々は闇へと身を潜ませるのだ。 一歩外に出れば青白い月の下、薄闇に支配された世界が広がる。毎日月が煌々と空に輝く時間になると人々は動き出す。闇に紛れている分には影も見えないからと昼夜が逆転し、月の下でしか活動しなくなってから人類は退化の一途を辿っている一方で、科学的には進化を繰り返していた。 真っ暗闇では夜目の効かない人間は暮らしづらい、かといって日光だろうが人工灯だろうが光に当たれば影は出来る。そこで生まれたのが光学迷彩のローブだった。足首まですっぽりと全身を覆うフード付きのローブは己の影の形と色を巧妙に隠してくれる。人々は漸く暗がりの中で息をつけるようになった。 一方、自宅に帰れば影を隠す必要はなかった。家族の影は似通った色をしていて、遺伝の力を強く感じさせる。俺にも両親と弟妹がいるが、皆似たり寄ったりの色味をしていた。 影の稀少さでいえば、上から紫青赤黄白黒の六段階に分けられた。大概の一般人は黒か、黒と白の混じったグレイに落ち着く。色相は明確に分けられる訳ではなくグラデーションになっている。かくいう俺もかなり白っぽいグレイだ。 『彩影(いろかげ)』と呼ばれる上位四色は珍しく、どこぞの選ばれた生まれの人々しか持っていないと聞く。特に紫なんかは都市伝説で、はるか昔に絶滅したと言われていた。現存する中で最も稀少なのは、城に住むやんごとないご身分の方たちが紫がかった青、そしてその傍系の濃青、らしい。 世に傑物と名を残す偉人たちは赤や黄を宿すらしいが寡聞にして遭遇したことはないし、そもそも家族以外の影の色を知る機会もない。そういう優秀な人材は国家が保護して、より人類を発展させるために交配させるという噂だ。
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