刀光剣影

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寮に帰ってシャワーを浴びて髪も乾かさずに泥のように眠った。分厚い遮光カーテンが朝の光を閉ざしてくれる。俺の世界は暗闇に染まるまで沈んだまま。 けたたましいアラームの音で目が覚めた。さっきからAIがずっと声をかけていたようだが気づかなかったらしい。痺れを切らしたAIによってベッドから骨伝導で流れてきたビープ音と緩やかな振動。ああ、また夜が来てしまった。 夜明けの彼は誰時、重たい雲に隠れた太陽が少しづつ光を投げかけていた頃。確かに数時間前に見たはずの幻が脳裏にフラッシュバックした。 ❀❀❀❀ 闇よりも濃いローブを纏った男たち。まだ俺よりも若そうに見えるソイツらは、無表情のまま黒い革手袋に包まれた手のひらを俺に向けた。 研究室からの帰り道。構内からバス停までの薄暗がりを歩いていた時のことだった。 長年通っていればキャンパス内にある抜け道や近道は数多く知っていた。綺麗に刈り揃えられた腰高の植え込みが延々と続く、校舎に挟まれた小道をこのまま真っ直ぐ校門まで向かえば電車の駅に着く。でも、途中で植え込みの間を突っ切ってショートカットすると、校舎をぐるりと囲むフェンスに突き当たる。 暫くフェンスに沿って進むと小さな通用門があり、電子錠に手のひらをかざして静脈認証されれば開く仕組みになっていた。学生さんたちには使えない、教職員専用の抜け道ってところだ。 疲れた足を引き摺りながらもうすぐ通用門に辿り着く直前で、不審な男たちに止められた。 門に背を向け囲むように一、二、三、四人の若い男たちが等間隔にぐるりと半円状に立っている。微動だにせず、こちらを見もしない頑なな佇まいはとても一般の学生とは思えない。実際に遭遇した機会など殆どないのに何故か、まるで軍人か警察官のようだと思った。 隙のない立ち姿。たまたま位置の関係でこちらを正面にして立っていた若者と目が合う。夜明けの薄明かりの中でもはっきり見えた異形の生き物。ソイツは鼻先から顎までを覆う不気味な金属製のマスクをしていた。 不自然に光沢のある黒が顔の下半分を覆い、目深に被った帽子からスッキリと通った鼻筋に至るまでの隙間に涼し気な目元が覗いている。その僅かに見える容貌だけでも整っているのが分かるほどの美形は、俺の顔を見るとスっと手のひらをかざして見せた。それが意味するのは万国共通の合図、『止まれ』。 直感的に 、係わりたくないなと思った。ただでさえ疲れているのに厄介事には巻き込まれたくない。示された合図の通り、その場でぴたりと歩みを止めた。彼と俺の間は目測で約五メートル。 一般的にかなり高身長の俺と大して変わらないほど長身のその男は、俺が動きを止めたのを確認して軽く頷いた。会釈だったのかもしれないと思うくらいのスピードで、ゆっくりと丁寧に。彼が腕を動かした拍子にローブの隙間から覗いた物騒なモノには気づかないふりをして、黙って様子を伺う。 彼の隣りに立つ、背は小さいがガッシリした肉付きの男がこちらを向いた。そばかすの目立つ穏和そうな顔つきの男は特徴的な雌雄眼を細めると一歩前に身体を動かした。無駄のない摺り足、何か武道でも嗜んでいるのだろうか。 彼ら二人と丁度背中合わせに立っていた男たち二人のローブも、左側だけが独特な形状で盛り上がり、そのシルエットを歪ませていた。ローブに覆われた制服制帽は見覚えしかない暗闇の色、何物にも染まらない強靭さを表すのだと聞いたことがある。誰に?勿論、あの運命の日から長い付き合いになった管理官にだ。 だが、彼らはこんな物騒な長物は持っていないし、制帽の中央に付けられた狼のような動物を模した隊章は"幻の"と謳われていたはずのもの。 警察や軍よりも遥かに上位の組織に属するエリート中のエリート、どこの誰がどうやってなれるのかも我々庶民には知らされない、都市伝説レベルの存在。隠密行動を旨として近接戦闘に優れた彼らは、ローブを纏った人体の隙間を突いて仕留められるように時代錯誤な長刀と脇差を帯びいていると噂されていた。 色相管理局所属の特殊戦闘部隊、通称『(やまいぬ)』。マジかよ、どうして彼らがこんなところに?
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