影駭響震

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寮の自室に着いて泥のように眠った。また朝食を食べ損ねたことに気づいたのは、腹の鳴る音で目を覚ましたからだった。時計を見ればいつもより大分遅い時間。必死に急げば間に合うがこのままだと遅刻確定の瀬戸際といったところか、……ここは潔く遅刻しよう。そもそも学部生でもないんだし。 シャワーを浴びて髪をタオルで乾かしながらパソコンを立ち上げる。寮から見られる放送番組は限られていて、この時間帯だと国営放送のニュース番組くらいしか見るものがない。他国では様々な文化が成熟して花開き、ありとあらゆる娯楽があると聞くが行ったことも見たことも聞いたこともなければ御伽噺と大して変わらない。 この国では影を晒せない性質上、実在の人間を放送で見ることは出来ない。画面に登場するのは全てホロと呼ばれる投影体だ。自分の分身として表示される3D化された映像で、人以外の動物や植物の形をとる者もあった。 さすがに国営放送とあっては真面目にする必要があるのか、合成された真面目そうな女性アナウンサーのホロが無表情でニュースを読み上げている。寝ている間の情報収集と今夜の天気をチェックしてからスイッチをオフにする。髪はすっかり乾いていた。 サンダルを突っかけて食堂に向かう。摂り損ねた朝食の分も何を食べようかとドアを開けて固まった。 「、逢えましたね」 語尾にハートでもつきそうな弾んだ声で、黒縁メガネは笑った。 ローブを脱いで地味な黒いスーツ姿になった彼はゆったりと足を組んで中央テーブルのど真ん中に座っていた。もうひとり似たような姿の、これまた中性的な外見をした男がニコニコと場違いな笑みを浮かべて座っている。そして、その間にちょこんと座らせられている子供がいた。ひとりだけローブを纏ったままの姿なのが異質に映る。 両サイドの二人が肩につく長髪なのに比べ、その子供は耳にかからない程度の短髪だった。革のマスクは依然として顔を全面的に覆っていて容貌は分からなかったが、ローブの下に隠れたシンプルな黒のシャツから覗く肌は浅黒く、組まれた手の筋張った肉付きからみてもどうやら男の子のようだった。Kより小さいところを見ると中学生くらいだろうか。 その三人の背後には通用門で見たあの豺二匹が立っていた。ローブを脱いでみるとハッキリ分かる、二人とも左の腰に長刀と脇差を差している。制帽とマスクを外した顔は思っていたより幼かった。 そしてもうひとり、バタバタと近づいてくる足音。 「っはあ、っ、はぁっ、間に合ったかな?!」 黒いスーツに身を包んだ人の良さそうなメガネの青年が現れた。その後ろからゾロゾロと集まってくる寮のメンバーたち。次々にそれぞれの定位置へと散っていくが、困ったことに俺がいつも座る場所は丁度正体不明の一団が座っている辺りだった。即ち、行き場がない。 汗を拭きながら入ってきた管理官らしき男は、あの黒縁メガネの隣りに立った。そして俺の横にはいつの間に来たのかKが立っている。 「アニキったら、寝すぎ」 小声で突っ込まれるがどうしようもない。 「何なのこれ」 「いや、夕飯食べよって降りてきたらもうこうなってた。食べた終わったら部屋で待機してろって言われて、今度は集合しろって言われて戻ってきた」 「ほぉん……」 ゴソゴソ喋っていると肩を反対側からトンと叩かれた。 「寝すぎじゃね?」 「もう言われた」 「多分アンタが最後だよ」 「えぇ……俺だけメシお預けかよ……」 きゅうきゅう鳴る腹を手のひらで撫でて宥めている間に、TSが前に出た。こんな時頼れるまとめ役になるのはやっぱりこの男しかいない、そう思わせる背中だった。俺より小さいけど。 「これで揃いましたけど」 TSが声をかけたのはあの黒メガネだった。
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