影駭響震

3/4
前へ
/82ページ
次へ
「さて、と言っても私は名探偵じゃないんですけど」 クツクツと笑った後にパンパンと乾いた拍手が鳴った。紅く彩られた爪がやけに目につく。 「今晩は、KM寮の優秀な皆さん。およそ三十分、皆さんのお時間をいただきます。学校や職場への遅延連絡は不要です、此方で手配済みですから」 スっと立ち上がって胸に手を当て軽く腰を折る。異国の映画で観た王子様のような麗しい所作にあわせて、サイドに段の入った髪がサラサラと揺れて頬を隠す。姫カットに薄化粧、マニキュア、そしてテラリと光る口唇。反比例するように骨張った痩躯、幅の広い肩、張り出した喉仏。ジェンダーのごった煮だ。 「まずはお座り下さいね、立ち話では終わりませんので」 差し向けられた手のひらに引かれるように空いた椅子に腰を下ろす。寮生はおよそ十名ほど、皆一様に硬い表情をしている。 「では自己紹介といきましょうか。私はSH(シー)、見ての通り色相管理局の職員です。所属は広報、主に外部との折衝を担当しています」 スーツの胸元に飾られた徽章をぐいっと引っ張る。 「こちらは同じく職員のTM(ティム)です。若く見えますが、実際若いです。あなた方と同じく若く優秀で、特に言語の扱いに長けているので主に外交を担当する部署にいます」 子どもの隣りに座った華奢な男がにこやかに笑いながら会釈をする。くるりと外ハネした下がり端、もちもちとした白い肌、緩く細められた瞳、まるで人懐っこい猫だ。しなやかで大型の猛獣、豹とかピューマとかそんな感じの抜け目なさが透けて見える。 「こっちはMT(マット)。本件の現場責任者です」 「MTです。よろしく」 あのあたふたした、見た目からもう騒がしいヤツが責任者?SHの方が余程階級が高そうなのに。言われてよく見てみれば階級章は俺の記憶する限り、部長職レベルに相当する緋色だった。ちなみにSHは縹色、課長レベルか。 「後ろの彼らは警護担当になります。大きいのがNI(二イ)、ちっちゃいのがNB(ナーブ)」 キビキビとした軍人めいた角度付きの会釈をする二人の表情は仮面のように硬く、何を思っているのかまでは窺い知れない。階級章はいわゆるヒラの黄色。 「我々は今日お願いがあって来ました。これからひと月、ここで生活をさせてもらいます」 ざわり、と空気が震えた。 歓迎では勿論ない、慣れ親しんだ空間に突如異物を投げ込まれた不快感と警戒心に食堂中がヒリつく。皆の視線が集中する。SHは舞台に立つ役者のように悠然とその視線を受け止めてうっとりと笑みを浮かべた。そして隣りに座るマスクの子供にそっと耳打ちをすると、コクリと頷いた子供は立ち上がり、ペコリと頭を下げてまた座り直した。ローブがふわりと風を含んで揺れる。 「彼の名前はY2(ワイズ)。訳あって色管で面倒をみています。性別は勿論男、歳は十七、他国で育ったため言葉がカタコトです。簡単な会話なら意思疎通も可能ですが、通訳として常時TMが付き添います」 外交担当とはそういうことか。ニコニコと微笑む若者は相当優秀らしい。 「詮索するなと言っても無理でしょうから掻い摘んで説明すると、彼は我が国の要人のご子息です。彩影は……あなた方より上位と思ってくださって結構」 (しん)……と静まり返った空間で、ごくりと誰かが生唾を飲み込む音だけがやけに響いた。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

103人が本棚に入れています
本棚に追加