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色転組の彩影の中でも上位の赤しかいないKM寮、中でも鮮やかに濃い紅を宿しているTSはこのエリアでは比類なき最上位だと認識されている。そのTSよりも上位だとしたら、残るはやんごとなき階級に連なる青しかない。途端に場の空気が変わった。
要人の子供、しかも青。もしその色を濁らせたならどんな処罰が待っているか、考えるだけでも恐ろしい。一団を取り巻く寮生たちの距離が一気に後退するのを肌で感じた。誰も一ミリも動いていないのに、圧倒的な心理的障壁がこの一瞬でもう築き上げられている。
流れが傾いたのを感じ取ったのか、子どもの髪がさわりと前に傾いた。
「……まあ、予想通りの反応ですね」
苦笑まじりに頷くSHたち。道理でひとりだけ室内でもローブを羽織るわけだ。
「あなた方の気持ちは分かりますが、彼の滞在目的は文化交流です。同年代の若者たちが何を思い、どう過ごしているのか、それを学びに来ているんです」
勿論お忍びですよ、と片方の口角を釣りあげながらパチリとウィンクを投げる。コケティッシュな仕草も話の重みを緩和するには至らない。
「下手に接触すればお互いのタメになりませんから、あなた方のためにも警護の彼らをつけています」
こんな平和な寮になんで護衛が、と思ったが青色持ちなら当然の配慮だ。色相を濁らせないためにもまず物理的接触を極限まで減らすに越したことはない。それにしても。
───文化交流、ね。その為に国家権力を使ってひと月も遊学とは、なんつーワガママなお坊ちゃんだこと。
俺らの迷惑とか一切考えてくれなさそうな彼らを見て、目立たないように静かに息を吐く。一切係わり合いにならんとこ。それが最も賢明な判断だ、と思ったのに。
「寮長であるTSさんと最年長のS2さんはこちらに」
なんと名指しで呼ばれてしまった。クソ、ついてねぇ。
TSと顔を見合せ、渋々立ち上がると彼らのテーブルまで進む。上目遣いで見上げてくるSHの笑いも、急に鼻につき始めた。
「お二人は監督役として寮生の皆さんをまとめてくださいね。基本的に夜間、皆さんが活動している間はY2は寮で待機。夜が明けたら大学や企業、研究施設などを極秘で回ることになっています」
特権階級のボンボンがやりたい放題か。階級コンプレックスなんて持っていなかったはずなのに、何だか無性に腹が立つ。ここには親元から引き離され、本来の名前ですら呼ばれることなく政府の監視下で生きることを義務付けられた奴らしかいない。彩影の保持のために愛する誰かと自由に結ばれる権利すら与えられない、鎖のない飼い殺し状態の俺たち。それにひきかえ、この子供ときたら。
……やっぱり何か腹が立つ。
不機嫌さを隠そうともしない俺の態度を見かねたのか、隣りに立つTSがポンポンっと軽く手のひらで背中を叩いた。年下に諌められた情けなさと気まずさに、ヤマアラシ宜しく逆立てた棘を畳むようにゆっくりと息を吐く。
「彼のお守りをしろと言う訳じゃありません。ただ普通に寮生のひとりとして、留学生が来た、くらいの気持ちで接してあげて欲しいんです」
ヒラヒラと振られる手のひら。冷えきった空気を撹拌するようにその声は不自然なほど明るい。毒気を抜かれた俺たちも、まあたかだかひと月だし、と肩を竦めた。いいですよ、とTSが寮生の総意を代弁すればSHとMTからは分かりやすく強張りが抜け、安心しました、と人好きのする笑顔が浮かんだ。
「ごくごく普通の若者らしい生活に、触れさせてあげたいんです……たとえ束の間でも」
そう小さく零したSHの声はやけに低く掠れていた。
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