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「おいしそうですね」
はっきりと一音ずつ言葉を立てるようにTMが話しかけると、Y2は頷いてイタダキマスと手を合わせる。あ、そういやマスク、どうやって食うんだ?と思っていたら、耳たぶの辺りにあるジッパーをつまんで一直線にビビっと反対側の耳まで半円を描くように引っ張った。ジーッという音と共に剥がされていマスク。露出する少し浅黒い肌。顔の下半分が現れた。
あ、あんな所に。左の上口唇のラインに紛れるように小さな黒子があった。そして意外と美しい手つきで持った箸が運ぶ白米を招き入れるように開いた口に、あ、また。左上の歯列に特徴的な八重歯。これだけ識別しやすい特徴があるならマスクで顔を覆うのも頷けた。要人の息子なら秘匿すべき情報は多いほど有利だろう。
外国育ちだと言う割には純和風の旅館で出てくるような朝食も綺麗な所作で食べ進めている。少ないとはいえ骨のある魚も難なく箸で寄り分けているところを見ると、やはりある程度の水準の教育はされているのだろう。黙々と食べるからか、あるいは育ち盛りだからなのか、みるみる減っていく皿。ちっこいのによく食べること。
隣りではKが食後のゼリーをつつきながら、好奇心を抑えきれずにウズウズした様子でY2を観察している。寮内では最年少で、年の近い人間の少ないKは新たに友達が出来たことが純粋に嬉しいのだろう。話しかけたそうな顔でY2の食事が終わるのを見守っている。
「アンタ、今日はゆっくりでいいの?」
「うん、なんか休講の連絡来てたから平気。三限からになった」
ほぉんと相槌を打ちながらTMと、いつの間にかその隣りに座って飯をかき込んでいるNI、そしてY2の後ろに背中を向けて立っているNBに目を向けた。
「アンタ方は?」
「私たち基本的に夜間は暇なので。Y2が好きなようにするだけです」
「じゃ、オレと話そ!」
勢い込んで身を乗り出し目をキラキラさせるKに、面食らったようにY2の箸が止まる。それからじっとKの目を見つめてハナソ?と繰り返す。
「彼は、Y2とお話ししたい、と言っています」
「オレ、Kっていうの。よろしくね!」
「K、オハナシ、ヨロシク」
理解出来たのか、ゆっくりと話す声は思いの外低く真っ直ぐ響いた。小さな背格好のせいで忘れがちだが、年頃の男の子なんだと改めて認識する。
「Y2はいつこの国に来たの?」
「ボクハ、ヒト月前、来マ、シタ」
「言葉はどうやって覚えたの?」
「言葉、本モラッタ、シマシタ」
「字は読める?漢字書ける?」
「字、読ムマス。漢字、カケルナイ、ムズカシイ」
たどたどしいながらも話しかけられている言葉の内容は正しく理解しているらしく、精度の怪しい会話のキャッチボールは続いていく。元々知能が高いんだろうし、そもそも濃赤よりも高位色ならばあらゆる才能が突出していてもおかしくない。
「Y2はどんな所にいたの?何してたの?」
何の気なしに尋ねたKの言葉に、一瞬時が止まる。
全ての音がパタリと止んだ。
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