彩づく影

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要はせっかくの彩影を白や黒と交わらせて濁らせる訳にはいかない、ということらしい。例えば俺が万が一、赤や黄、ましてや青なんかに出会ったとして『影合わせ』により相手の色を濁らせてしまう、即ち本来の色よりも低い色に引き下げてしまう『腐色(ふしょく)』が行われるとその価値は失われてしまう。 身分制度なんてとうに撤廃されてはいたが、『彩影』という存在がある限り、世の中には明確な序列が存在していた。俺の例でいえば、白あるいは黒と『影合わせ』をする分には問題ないが、それ以外とでは反発も大きく、合わせるのにも強い負担が強いられる上に、相手を濁らせてしまうという精神的な負荷があるために推奨されない、といったところだ。 そもそも住んでいるエリアも区画分けされている、白黒しかいない所謂『無色』エリアに住んでいる俺たちは彩影にお目にかかる機会すら与えられていなかった。生まれてから死ぬまでに定められた運命の色のまま流されていくだけの俺たち、一体何のために生まれてきたんだろうと遠い目をしてしまうこともしばしばあった。 与えられた区画、与えられた教育、職場、生活。何もかもが、お前は無色の歯車のひとつだと訴えているようで不快この上ない。それでも俺の影が色づかない限り、この運命が変わることはない。そう、思っていた。 無色ではある俺だったが、幼少期からほんの少し優秀だった。人よりも少しだけ足が早く、頭の回転が早く、学校の成績が良かった。両親も弟妹も白寄りのグレイで、エリアの中では裕福に暮らせている層に属していたのだろう。 負けず嫌いで、人と競うことが大好きで、何より学ぶことが大好きだった自己顕示欲の塊のような少年は、徐々に頭角を現していった。変化に気づいたのは高校二年の時、自宅で妹に影の色を指摘された時だった。 「あれ?お兄ぃ、影の色……ちょっと濁ってない?」 「濁っている」という言葉は人々にとって何よりの恐怖だった。 慌てて足元に目を落とすと、白みの強いグレイだったはずが錆びた鉄のような色に変わっていた。普段家にいる時は影の色なんて気にしないし、外にいる時は自分の色さえローブに隠れて分からない。知らないうちに色が変わっているなんて。 動揺で頭が真っ白になった。妹が両親を呼ぶ。外はもう太陽が輝く時刻。遮光のために普段は締め切られたカーテンが、ほんの少し開かれた。白日の元に晒された俺の影は、 ──彩りを宿していた。 母親がそっと俺の身体を抱き締める。涙で震える声で俺の名前を呼ぶ。妹が泣きながら抱きついてくる。弟はポカンと口を開けたまま固まっていた。父親が大きく深いため息をついて、ホームAIに声をかける。リビングに響き渡るコール音。 「はい、こちら色相管理局 緊急相談室です」 この日を境に、俺の人生は変わった。 国家機関による綿密な、執拗いくらいの鑑定の結果、俺の影は『彩影』であると判定された。しかも二段階も上の『濃赤』に変化していた。突然変異なのか、順当に能力を開花させていった結果なのか、精密検査の結果はまだ出ないらしい。
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