彩づく影

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通報から二週間後の朝、俺は自室で荷物をまとめていた。 無色エリアに居続けられなくなった俺は強制的に親元から離され、色相を濁らせないために彩影エリアへと移送されることに決まった。こういうケースも稀にあるらしく、親不在でも生活には困らないように衣食住に加え、教育機関への編入や将来の就職先の斡旋なんかも国が支援してくれるらしい。当然そこに俺の意思の尊重なんて項目は含まれていない。 家族と離れることになるなんて。 無色エリアの誰もが一度は夢想する、もし自分が彩影だったなら、と。でもそれは叶わぬ夢であったし、本心から家族や友達、住み慣れた場所を離れてたったひとりで孤独になることを望んでいるわけではなかった。いざ自分の身に起きてみると、悪い夢だとしか思えない。 「お兄ぃ、ごめん、ごめんね」 自分が影の色にさえ気づかなければ、と妹は何度も謝ったが実際は関係なかった。定期検診で色相チェックをされれば容易に判ったことだし、そうでなくてもいつか誰かに指摘されていたに違いない。 「家族から『色転』が出るなんて誇らしいことだな」 高校教師である父親は仮面のような笑いを貼り付けて力なく俺の肩を叩いた。本心では一ミリもそんなこと思っていないような、疲れた笑みだった。母親はあの日以来、引っ張り出してきた俺たち兄弟の幼少期のアルバムを手に何度も何度も繰り返し昔話を語って聞かせた。 この時家族に何があってどんな話をしたか、それを俺に伝えることが唯一家族の絆を繋いでおく方法だと固く信じているかのように、必死に物語を託そうとしてくれた。 反抗期真っ只中の弟はじっとこちらを見るだけで、言葉にしたくても出来ない思いを、開きかけた拳を握り締めることで潰して飲み込んでいる。後は頼んだぞ、と肩に手を置いた俺の目を真っ直ぐ見つめて頷いてくれたんだからそれで良しとしよう。
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