暗香疎影

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「おはよぉ」 「おはようございます!」 ボサボサの頭とスウェット姿のまま寮の食堂に向かうと、同じ寮生の後輩が夕飯のプレートとモグモグ格闘しているところだった。外は太陽が沈みかかり、そろそろ夜の帳が降りる。大学が始まるのは一時間半後、夕方六時の一限からだ。 親元を離れてからはや五年、もはや住み慣れたと言っていい色相管理局の運営する寮で自己研鑽に勤しむ日々を送っている。あくまで俺の場合だが、彩影としての能力を伸ばして国家に貢献するためには勉学しかない。元々得意だった理系科目で飛び級をし、現在は大学の研究室で物理研究をする毎日。この寮には同じような境遇で連れてこられた優秀な人間が集められている。 配膳のおばちゃんたちと雑談しながら適当に夕食プレートを選択して、さっきの後輩の前に座る。 「えー、起きぬけにうどんとトンカツ?胃腸元気っすね」 「あー、なんか昨日朝飯食べないまま寝落ちちゃってさ、すっげぇ腹減ってんの」 目を丸くして小洒落た洋風プレートに手を伸ばすK(ケイ)は、驚異的な長期記憶の持ち主で頭の中に法律を全文叩き込んでいるという訳の分からない特技を持っている。年は六つも下だが俺よりも更に濃い赤の影をしていた。似通った境遇から優秀さを見込まれて寮に収容された経緯を持つ俺たちは、寮内ではローブなしで影を晒して生活している。もはや家族みたいなもんだ。そんでコイツは頭はいいけど妙にヌケていて、日常生活ではポンコツな世話の焼ける弟ってところ。俺にとっては癒しの存在だ。 真っ黒で艶やかな髪、ぐるんと大きいドングリ眼、ぬけるように白いもち肌、見た目はボーイッシュな少女のようで、それを指摘されるとムクれてしまう難しいお年頃だが、快活でオーバーなリアクションでよく笑ってくれるムードメーカー。ちょっと歯並びの悪いところもハツカネズミを思わせる愛嬌があって可愛らしい。年の離れた俺を兄のように慕ってくれるところも気に入っていた。 「今日、ガッコは?」 「一限から四限までビッシリだよ、しかもその後週次のカウンセリング。マジでしんどい」 「うっわ、寝られんの?それ」 優秀であり続けることを求められる俺たち、中でも彼のように若くしてこの環境に身を置いている人間は、甘えられる家族もいない状況で常に上を目指すことを強いられる。心が病んでくると色相も濁るため、カウンセリングは必須としてスケジューリングされている。かく言う俺もここに来た当初よりは回数を減らされているとはいえ、いまだに月次で大学備え付けの医務室に通っている。 「アニキは?」 「俺は研究室でこもりっきりよ、実験実験実験、それしか存在価値なんかねえっつの」 この寮でも年長者にあたる俺のことを冗談めかしてアニキと呼ぶ可愛い後輩に、ついつい気が緩んで愚痴をぶちまけてしまった。皆同じような状況に耐えているのに、しかも俺はこの寮で最年長のクセに、後輩に弱音を吐いてしまった自分が情けない。 話題を変えようと息を吸ったところに、食堂中に響き渡るデカい声が聞こえた。
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