あの夏の約束

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 「先輩、俺…甲子園に行ったら、あなたに告白します!」  地方予選も終盤に差し掛かり部員達の部活への熱もさらに盛り上がりを見せる頃、高校2年生の俺は二人きりになるタイミングで一学年上の先輩にそう告げた。  俺はこの野球強豪校でキャッチャーを任されていた。俺が1年の時、先輩は控えのピッチャーで俺はたまにブルペンで球を受けさせてもらっていた。先輩はとても優しい上に部活に対しても一生懸命で誠実な人だった。先輩後輩問わず周りから好かれるような人で、先輩の周りには自然と人が集まったし、俺もその中の一人だった。  そんな先輩が怪我を理由に選手からマネージャーに転向したのは、最高学年が引退して新体制がスタートした頃のことだった。みんなの前では明るくしていた先輩が一人の時に涙を流していたのを偶然見てしまった俺は先輩を絶対に甲子園に連れて行こうと心に誓った。自分の為の努力が先輩の為の努力に代わり、その過程で先輩への憧れがいつしか好きに変わった。そしてその気持ちがどんどん大きくなっていくことを俺は止められるはずもなかった。  先輩は元ピッチャーということもあり基本的にはピッチャーのサポートをしていたが、練習時間外ではキャッチャーの俺の相談にいつも乗ってくれた。俺は先輩と膝を突き合わせて話している時間が嬉し過ぎて、この気持ちが顔に出ていないか、ドキドキが伝わってしまわないかいつも心配だった。そして先輩への気持ちがいよいよ抑え切れなくなってきていた俺は勝負の夏にでたのだった。  ここから地方大会を無事突破して甲子園への切符を掴み、甲子園では大活躍の末に先輩への告白も大成功!…という流れだったら良かったのだが現実は厳しく、実際には地方大会の決勝で敗れてしまい甲子園にいくことは叶わなかった。その後、先輩達は部活を引退し、俺は新キャプテンに就任した。告白のことは頭にあったけど、新体制になった部活の忙しさを理由に何もできないでいた。何より負けたことへのショックで先輩への告白に自信を無くしていた俺はなんとか挽回できないかとより部活にのめり込むようになった。そして、そうこうしているうちに約束のことも有耶無耶のまま先輩は学校を卒業してしまうのだった…  というのが2年前。高校を卒業して大学生になった俺は今、甲子園球場に何故か来ていた!しかも先輩と!!  大学が夏休みに入り、サークルとバイトで休みを過ごしていた俺の携帯に「明日、東京駅に7時に来い」と先輩から連絡があったのが昨日。久しぶりの先輩からの連絡に浮かれながら理由を聞いたらまさかの既読スルー。それでも俺には先輩からの連絡を無視するという選択肢はなかった。何もわからないまま約束の時間に東京駅に向かうとそこには先輩が一人で待っていて、久しぶりの再会のやり取りもそこそこに新幹線へ乗せられ、あれよあれよでここ甲子園にきたのだった。  東京駅で会った時から先輩は不機嫌そうな顔をしていて俺の言葉にも最低限の反応をするか無視をするかのどちらかだった。先輩の様子に俺の気持ちは久しぶりに会える喜びから徐々に先輩に何かしてしまったのかという不安に変わっていったが、頭をフル回転させて考えても心当たりは何もなかった。 「先輩…甲子園につきましたけど…あっ、もしかして知り合いに甲子園にでる人がいるとかですか?」  俺は意を決して先輩に話しかけたが先輩からの返事はなし。しかも何故かはわからないが甲子園球場についてから俺の方を見なくなったような気もする。しかしここで二人して黙ってしまうわけにもいかないので俺はめげずに声をかけ続けた。 「応援している学校があるとか?」 「…」 「入場券とかどうしてます?もしかして試合を見るのが目的じゃないとかですか?」 「…」 「それにしても暑いですねー!何か飲み物買ってきましょうか?」 「…」 「暑さでバテました?どこかカフェとか入って休憩します?」 「……だろ」 「ん…?先輩、なんですか?」 「こ……だろ」 「すみません、もう一度いっ」 「甲子園に来ただろ!!!」 「………はい?」  突然の先輩の大声に俺が驚いていると、俺の方を向いた先輩は涙目に真っ赤な顔で続けた。 「お…お前が!甲子園に行ったらって言ったから!」 「えっちょっ…………は!?待って待って!」 「試合に負けたのは仕方ないけど…俺の気持ちはどうなるんだよ!!」 「えっ………もしかして…だから甲子園に来たんですか!??」 「うるせぇばーか!!!」  先輩はそう暴言を吐くと「ビール買ってくる!!」と言い捨てて逃げようとするので、俺は慌てて先輩の手を掴んで引き留めた。 「先輩…もしかして俺のこと好きなの…?いつから…」 「…あんな…好き好きオーラ全開で懐かれたらその気になるだろ…」  小さい声で呟いた先輩のまさかの返事に今度は俺の顔が赤くなる番だった。先輩は俺の手が緩んだ隙に、逃げるように近くの売店へ行ってしまった。  ちょうど甲子園からは試合開始を告げるサイレンが鳴り響いていた。俺はニヤける顔をなんとか抑えながら逃げた先輩を追いかけた。
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