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あの男もそれなりのイケメンだったが、その比ではなかった。
思わずぽーっと見惚れていると、男性が「すみません」と声をかけてきた。
「え?」
「あなたの靴、ですよね」
車道に転がったままの、ひしゃげたヒールを指差して問われる。朝海は慌てて答えた。
「そ、そうです」
「申し訳ありません。あんなにしてしまって」
「い、いいえ。私が飛ばしたのがいけないんです」
相手が本当に申し訳なさそうに言うのを、ものすごく後ろめたく感じて、朝海は深く頭を下げる。ストッキングが破れないよう半ば片足立ちなので、可能な限りではあったが。
そんな朝海の様子を見てか、男性は「頭を上げてください」と言いながら朝海の背中に手を添え、支えようとしてきた。焦って顔を上げると、少なくとも二十センチは上で、端正な顔がにっこりと笑う。
「弁償しますから一緒に来てください」
という言葉の直後、朝海の体が浮き上がった。男性に抱き上げられたのだ、と気づいたのは周囲の黄色い声でだ。主に女性ギャラリーの。
「え、ちょ、あの」
「暴れないでください」
口調は優しいが、その声音には、有無を言わせない空気が感じられた。気圧されて身じろぐのをやめた朝海に、男性は再び笑みを向ける。
「いい店を知ってます。すぐそこですから」
人々の視線も声も意に介さない、余裕のある態度と足取りで、男性は引き返した車の後部座席に朝海を座らせた。まるでお姫様に対するかのように、やけに恭しく。
男性に連れていかれた店は、朝海が着ていたワンピースよりもさらにハイレベルブランドの、直営店だった。靴や服だけでなく美容室まで完備された、全身のコーディネートが可能な店だ。
朝海はそこで、あれよあれよという間にサイズを測られたかと思うと服や靴、小物に至るまで用意され、崩れかけていた髪型も整え直された。
二時間経った頃には、店に入ってきた時の格好とはまた違う、フェミニンでありながらも年相応な大人の雰囲気も感じさせる、ツーピースを基調とした姿になっていた。
退屈した様子もなく待っていた男性は、店員に連れられた朝海の変身を見て、満足げにうなずく。
「いいな、似合うよ」
「ありがとうございます」
店員がほっとしたように、朗らかに応じるのを聞いて、男性は相当なお得意様みたいだなと思った。実際、彼が着ているスーツもかなり良さそうな品だし、これだけ格好良ければ女性連れでこういう店に来ることも珍しくないのだろう。
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