第1章

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 と話した、男性の自信ありげな笑みを見た時、朝海の中で何かのスイッチが切り替わった。  これまで自分は、誰かに気に入られようとして、そうでなければいけないと思って、行動してきた。  あの男と付き合ったのも、結局はその延長線上だった気がする。  それならいっそ、この機会に、今までの軌道とは違う行動を選んでみてもいいのではないか。どうせもう来ない、来るつもりのない土地なのだし。 「どうです。車もあるし、どこでもお好きな所にお連れしますよ」  男性のその言葉に、背中を押されたように思った。 「──わかりました。今日一日お願いします」  朝海の答えに、男性は「よかった」と妙に嬉しそうに声を弾ませた。 「じゃあ、まずはランチに行きましょうか。お腹空いてるでしょう」 「え……あ、もうこんな時間なんですね」  店内の時計を見ると、午後一時に近い。  あの家を飛び出してきたのは朝の九時ぐらいだった、と考えかけて、朝海は思考を振り払った。  もう、あの男に関する事柄は、今はなるべく思い出さないでいよう。そう考えて。  男性が車で──今さらだが、運転手付きのハイヤーだった──向かったのは、京都駅近くにある大きなホテルだった。出張や旅行をある程度する人間なら当然知っている、全国規模で有名なホテルだ。  フレンチにでも連れていかれるのかと思ったが、男性が選んだのは、ホテル内の京料理の店だった。 「ここの湯豆腐膳が美味しいですよ」  勧めに従って注文してみると、言葉通り、非常に美味しかった。和食なので慣れないテーブルマナーに戸惑うこともない。もしかすると男性はその点も考えて、京料理を選んだのかもしれなかった。  ひとしきり食べて空腹が満たされると、あらためて、今の状況が申し訳ないというか、不思議でたまらなくなる。  つい数時間前に婚約者(と思っていた男)に裏切られた自分が、今はこうやって、妙な縁で知り合った男性と食事をしている。  お詫びの気持ち、などと男性は言ったが、それにしては行き過ぎている気がやはりする。  だいいち、気にならないのだろうか。どうして女一人、昼間とはいえふらふらと、覚束ない足取りで街を歩いていたのか。  デザートに運ばれてきた黒蜜がけわらび餅を前に、男性はお茶をすすっている。  そういえばいまだに、お互いに名前すら名乗っていない。
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