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「そうよ。あんたみたいな庶民は、言われた通りおとなしく謝ってお金を払ってれば良かったの。なのに、小生意気な弁護士を味方につけて、自分勝手な主張を通させて。悔しいから手紙を送って怖がらせて、そのうち訪ねて行ってやろうと思ったら、いつの間にか家からいなくなってるし」
女性とは思えない低い声で、紗和子は訥々と恨み言を口にする。
主張が自分勝手、と言うならお互い様ではないのだろうか、と震えながらも朝海は思った。
紗和子の立場で傷ついたのは当然だし、朝海とて、何も知らされず龍一に欺かれていた立場だ。
二人とも、龍一に他の相手がいることを知らなかった、という点では同じ。不実なのは龍一であり、今回の件の責任は彼が負うべきものである。
自分が傷ついた、という事実を主張するのが自分勝手であるならば、紗和子だって同じだろう。
「どこに行ったのかと思えば、男の家に転がり込んでるなんてね。ほんと、どれだけ尻軽で、ふしだらな女なのかしら。龍一さんがこんな女に引っかかったなんて今でも信じられないわ」
「引っかけてなんかいません。弁護士さんにも伝えましたけど、声をかけてきたのは龍一さんの方で」
「そんなの信じないわ。だって龍一さんが進んで私を裏切るはずないもの。私は子供の頃から、大人になったら龍一さんのお嫁さんになるんだよって、皆に言われてきたのよ」
にんまりと、紗和子は美しい顔を大きく崩して笑った。お面の、般若のように見えた。
「龍一さんだってずっと私を大事にしてくれてたし、愛してくれているわ。なのに、あんたみたいな平凡な女に手を出すなんて、あるはずがない」
紗和子はそう言いながら、さらに距離を詰めてくる。朝海は同じだけ後ずさろうとするが、かかとが何かにぶつかった。マンションの外壁だった。
それに気づいて、紗和子が飛びかかってきた。外壁に体と頭を打ち付けられ、痛みでくらくらする。
「ほら、言いなさい。龍一さんに手を出したのは私ですって」
「……言い、ません」
「言いなさいってのよ!」
髪をわしづかみにされ、またもや頭を壁に打ち付けられる。後頭部がじんじんして、ひどく痛んだ。
「言えば許してあげるから。あんただって自分の身は大事でしょう?」
いっそ優しいとも思えるような口調で、紗和子はささやくように問いかけてくる。
頭が痛くてろくに思考が回らないが、事実でないことを認めるわけにはいかないのはわかっていた。ましてやこの件においては。
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