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仕事で知り合った人だった。
日本料理の大手チェーン店本社で働いていたが、いずれ、京都の実家に戻って家業を継ぐと言っていた。実家は老舗の割烹料理屋だと聞いていた。
『じゃあ、結婚したら女将さんにならなきゃいけないのね。……なれるかな』
『大丈夫』
朝海の不安を、いつもそんなふうに短くいなしていたあの男。
君なら大丈夫、そう言われているのだと信じて疑わなかった。だけど、事実は違った。
贈られたワンピースを身に着け、精一杯着飾って訪ねた朝海を迎えたのは、あの男と、清楚な着物姿の見知らぬ女性だった。
「お茶の家元のお嬢さんで、幼なじみだそうです。家同士の約束で、子供の頃からの許嫁だったって……付き合ってた間、彼はずっとそれを隠してたんです」
バカみたいですよね、と朝海は自嘲の言葉を吐いた。
「私は、単なる浮気相手だったんですよ。単身赴任の間にちょっと楽しむみたいな。二年も付き合ってたのに全然気づかなかっただなんて、どれだけおめでたかったのか」
普通の庶民育ちの女に、京都の老舗の跡取りが本気になるはずがなかったのだ。
なのに、本気で愛されていると思い込んで、料理屋の女将さんになるなら頑張らなくちゃ、などと恥ずかしげもなく言っていたなんて。あの男はさぞ、腹の中で可笑しく思っていたのだろう。
「それで、朝海さんはどうしたんですか」
「バカにしないでって叫んで、飛び出してきました。腹立たしいのと悔しいのとで、勢いで歩いてたら駅と全然違う方向に行ってしまって」
道に迷ったまま、行く当てもなくふらふらと歩いていたところだったのだ。周りにはどれだけ奇異に映っていただろうか。
「……恥ずかしいです」
「何が?」
「全部です。結婚できると思って浮かれてたことも、捨て台詞を吐いて飛び出してきたことも。挙句に、知らない町をふらふら歩き回ったりして──情けないですよね」
「どうして?」
聡志が問うてくるその声は、ひどく優しい。ささくれた心を穏やかに撫でられているような気分になる。
「だって──おめでたいし、潔くないでしょう。こんな行動」
「それで当然じゃないですか、普通の神経の人なら。むしろ、その男の方が異常でしょう」
優しい声音に、少し憤りが混ざった。
「決まった相手がいながら、他の女性に手を出すなんて。男の風上にも置けない」
それに、と聡志は腕組みをした。
「あなたも誤解してますよ」
「え?」
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