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「単身赴任の男性がちょっと楽しむ、と言ったでしょう。男の僕が言っても説得力薄いかもしれませんけど、そんな男ばかりじゃありません。相手に誠実かどうかは、個人の性質の問題です」
「……あ」
そうだ、確かにそう言ってしまっていた。世の中の単身赴任男性を全て、浮気男だと決めつけるような言い方を。
男性である聡志からすれば、誤解もいいところだと言いたくて当然だろう。
「すみません、失言でした」
「いや、いいんですよ。朝海さんがそんなふうに言いたくなってもしかたない」
腕組みを解き、聡志はふたたび穏やかな笑みを浮かべる。
「ともあれ、朝海さんは何も悪くありませんよ。悪いのは百パーセントその男なんですから、自分を責めるのはやめなさい」
テーブル越しに、そっと頭に手を置かれた。なんだか自分が、小さい子供になったかのようだ。
そう思った直後、唐突に落ち着かなさが湧いてくる。
「あ、あの。聡志さんておいくつですか」
「僕ですか? 今年三十二歳ですけど」
「えっ」
見た目は若いけど落ち着いているから、三十代後半か四十過ぎかと思った。
そんな、五歳も離れていない相手に頭を撫でられるほど、自分は幼く見えるのだろうか。
「ちなみに朝海さんは?」
「二十七です……」
消え入りそうな声で言うと、聡志が「あ」と何かに気づいたようにまばたきをした。
「すみません、子ども扱いしたように思われたかな」
「い、いえ」
朝海が首を振ると、聡志はふっと息を吐いて笑う。
「妹がいるんですよ。二十歳過ぎてもよく泣く子なんで、なぐさめる時に頭をつい撫でてしまうのが癖で。失礼しました」
聡志の謝罪に、もう一度首を横に振った。
……子ども扱いされたと思うよりも、頭に手を置かれて、嬉しいと思った。そんなふうに感じたのが照れくさくて、落ち着かなかったのだ。
妹さんがちょっとうらやましい、と反射的に思って、また落ち着かなくなる。
動揺をごまかすために、ぬるくなったお茶を一気に飲んだ。
「それを食べたら、どこに行きましょうか」
黒蜜が固まったわらび餅を黙々と食べる朝海に、聡志が尋ねてくる。
餅を咀嚼する間に考え、朝海は口を開いた。
「どこでもいいんですか」
「もちろん」
「でしたら、清水寺に行きたいです」
「清水?」
「はい、清水の舞台って有名でしょう。一度、見てみたくて」
「ちょっと待ってくださいね」
手のひらを向ける制止の仕草をしながら、聡志はスマートフォンに何か入力していた。
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