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「……ああ、大丈夫です。舞台の工事は終わったみたいだ」
「工事?」
「こないだ来た時はまだ、清水の舞台は工事中で入れなかったんですよ。今は大丈夫です」
どうやら、わざわざ検索して調べてくれたらしい。
「すみません、ありがとうございます」
「それじゃ、行きましょうか」
朝海が食べ終わったのを確認して、聡志は立ち上がった。当然のように伝票を手にして。
清水寺に続く坂は長く、他の場所と同じく、観光客でごった返していた。
車道には車がすし詰め状態で、なかなか進めないでいる。
「これは、降りた方がよさそうだな」
聡志がつぶやき、運転手と「手近な駐車場で待っていてくれ」などとやり取りをした後、自分の側の扉を開いた。
「どうぞ、こちらに」
自然な動きで手を差し伸べられて、朝海は戸惑う。
まるで重要人物、VIPみたいな接し方だ。そんなふうに扱われたことなど、この二十七年、付き合ったどの男性からもなかった。まあ、片手の指で事足りる人数しかいないのだが。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……ひとりで降りられますから」
「遠慮しないで。どうぞ」
大丈夫です、の意味で振った手を握られて、内心飛び上がった。が、体は逆に固まってしまう。
固まっているうちに、手を引かれて車から降ろされる。
「足元気をつけて。ゆっくり行きましょう」
ヒールの靴である朝海に気を遣い、聡志はゆっくりと歩き出す。
……背中に添えられた手の感触と温度が、落ち着かない。
坂道であるのと、人出が多いのが理由に違いないが、そうされると手だけでなく、体も密着してしまうのだ。心臓の鼓動がうるさいくらいに耳元で聞こえてくる。
だが、周りの人混みの具合を考えると、離れてほしいとも言えない。こんな所ではぐれてしまったら、朝海一人ではどうしようもなかった。
緊張さめやらぬ状態で、導かれるままに坂道を上っていくと、昔ながらの店構えの土産物屋が建ち並ぶ道に出た。そこをさらに道なりに上ると、赤と黒で彩られた、大きく立派な門が見えてきた。
「あそこですよ」と聡志が門を指差す。
「ここが清水寺……」
背後の山の緑と、快晴の空の青がまぶしい中、石段の上に威風堂々とそびえ立つ楼門。その右斜め奥には、同じ配色で形の違う別の門があった。
「こっちが仁王門、あっちが西門ですね」
聡志がそう説明してくれる。舞台はどこなのか、と尋ねた朝海に、彼は西門の方角を指した。
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