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訪問者
愛犬ムゥの散歩から帰ると、金髪の青年が1人、門の前に立っていた。今の時代、地方都市でも外国人は珍しくないが、郊外の住宅街にはおよそ似合わない洗練された雰囲気を纏っている。
「星哉サン? 酒崎星哉サンデスネ?」
青年は、僕の足音に振り向いた。ブルーの澄んだ瞳を輝かせると、まるで乙女のように色素の薄い肌を淡く染め、正確に僕の名前を呼んだ。
「う、うぅ……うぅっ」
「ムゥ?」
驚いた。誰にでも愛想のいいトイプードルが、いつの間にか僕の脛の後ろ側に回り込み、それでも鼻先だけ覗かせて、低く唸り声を上げている。
「君は……どなたですか」
怯えるムゥを抱き上げて、再び青年に視線を向ける。セミロング丈の紫のコートの裾から、黒いスキニーパンツと緑のスニーカーが覗く。モスグリーンの小ぶりのリュックを肩から外すと、彼は丁寧にお辞儀をした。
「彼ノ名ハ、ドレイク・ハーラン。ワタシハ、ルー・ステラ、デス」
“ルー・ステラ”――まさか。
「本当に……君が……?」
記憶の彼方、すっかり忘れていた名前を耳にして、僕は震える唇でやっとそれだけ聞き返した。青年は穏やかに微笑んでいる。
「あれっ、おじいちゃん、帰っていたの?」
カチャリとドアが開き、孫の涼佑が現れた。くすんだオレンジ色のダウンコートを着て、手荷物はない。とりあえず上着だけ引っ掛けて出て来た、そんな様子だ。
「あ、ああ……お前、出かけるのか」
「うん、ちょっと駅前のコンビニまで。その人、誰? うちのお客さん?」
言葉は不躾だが、涼佑は青年に向かって、軽く会釈なんかしてみせた。
「涼佑、すまんが、ムゥを頼む。僕は、もう少し出てくるから……」
胸から剥がして孫に渡した途端、愛犬は彼の胸元に勢いよくしがみついた。
「いいけど、入ってもらわなくて大丈夫?」
尋常ではないムゥの様子に驚きながらも、
涼佑は青年を気遣うような視線を送った。
「あの、少し、歩きませんか……」
「ハイ」
僕の誘いに、青年はコクリと頷いた。
「じゃあ、行ってくる」
「うん」
青年は、涼佑に向かって軽く会釈してから、僕の後に続いた。アスファルトに細い影が並ぶ。傾いた早春の陽射しが、西の空を藤色に染めていた。
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