夜明けを待つ人

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 また、夜が明けていく。  昇悟と過ごす夜は、いつだってあっという間だ。  昇悟が葵を抱いてくれるのは、夜の間だけ。当たり前だ、葵たちは、恋人でもなんでもない、ただのセフレなのだから。  真面目で誠実な彼のセフレになるには、随分と努力が必要だった。  昇悟に抱いてもらえるなら、割り切った関係でも良い。彼の気持ちなんてなくたって構わない。  そう思って初めた関係だったのに、一つ、誤算があった。  それは、昇悟が、優しすぎた、ということ。  以前「付き合う人は大切に扱いたいし、真剣に向き合いたいんだ」と話し笑っていた昇悟は、これまで抱かれた男とは比べ物にならないほど、丁寧に、時間をかけて慣らして、負担がかからないようにと気をつけながら優しく抱いた。  そして、最中には、熱の籠もった声で「葵」と名前を呼んでくる。  夜の間は、全てが夢のようだった。毎秒が幸せで、抱かれている間は、頭を空っぽにして、その中に愛と幸せを詰め込んでいられた。その中身が紛い物でも、その時間の喜びは嘘じゃない。  ある時、いつまでも優しい昇悟をじれったく思った葵が、これまでの男達があっという間ににがっついてきたような煽り文句を吐いてみたことがあった。それでも昇悟は余裕たっぷりで、表情さえ変えない。  それなのに、葵の口からつい漏れ出た本音を聞いた途端、目の奥に青い炎を灯し、葵が泣くまで、否、泣いても攻め続けた。昇悟があんなにも盛り上がったのはその時が初めてで、それ以来、葵は、昇悟に対してだけは頭に浮かんだことを全て口に出すようにしていた。最も、葵自身は何がツボに刺さったのか分からないので、何を言ったのかさえ覚えていない。  よく分からない男。それでも、惚れた弱みって怖いですね。そんなところも好き、なんていう安っぽいセリフが浮かんでくるんですよ。ねえ、昇悟先輩。  心の中で呼びかけながら、葵は昇悟の、染めたことなんて一度もないだろう黒い綺麗な髪の毛に手を伸ばし、指で軽く梳いた。  夜が明けたら、また二人は大学の先輩後輩という、在り来りの関係に戻る。  その事実は、葵の心を酷く安堵させると同時に、酷く揺さぶる。 「まあ、セフレだって在り来りと言えば在り来りか」  小さく呟いても、昇悟の目はまだ醒めない。  葵を優しく抱き締める、明らかに事の余韻が残ったしっとりとした生身の腕から、上半身だけそうっと抜け出し、体を起こした。  ベッドの上から大きな窓で夜景が見えるこのホテルは葵のお気に入りだった。昇悟の目に、星のように輝く街が映って、目の中の青い炎と絡み合い、世界で一番綺麗な光景が見られるから。そして、夜がまだまだ続くことを、視界いっぱいに教えてくれるから。  けれど、欠点もある。それは、朝が来ることまで教えてくれてしまうことだ。  甘く、幸せな恋人ごっこは、夜明けと共に幕を下ろす。  葵は、昇っていくグラデーションには気づかなかったふりをして、昇悟の温かい腕の中に再び潜り込み、昇悟の胸に頭を寄せ、目を閉じた。
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