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「こんばんは」
僕は薄く光を通す紫色のベールをくぐり『サーラの部屋』に入った。
「あ、こんばんは。お待ちしてました」
サーラさんと向かいの椅子に座るよう、日本舞踊のような艶やかな手つきで促された。
「毎週来てくれてありがとうございます。でもお忙しいでしょう?今」
「そうですね。ぼちぼち」
「もうね、お客様が来る前にカードを整えてる時にね、ピョコピョコ勝手に落ちてくるの、カードが。それで、お客様・・・ナオトさんでしたね?なんか今忙しくて、こういっぱいいっぱい!っていう感じが伝わってくるんです」
「そうでしたか。今、年度の切り替えで。ちょっとバタバタしてます」
「やっぱりね〜そうですよね〜」
サーラさんは眉を下げ、口をつむんで、僕の一番の理解者であるように大きく頷いた。
『サーラの部屋』を初めて訪れたのは約一月半前。
同期の田嶋が
『よく当たる占い師がいると聞いたが一人で行くのは敷居が高い』
と僕を誘ったのがきっかけだった。
僕は占いには興味が無いが、鑑定中、田嶋は号泣し始め、部屋を出る時はかなりサッパリした様子で、道ならぬ恋に終止符を打つ決意を固めたようだった。
田嶋曰く、『サーラさんの占いはよく当たる』という事だ。
「では、ナオトさん。今夜はどういった事をリーディングしましょうか?」
サーラさんは手の両指の腹をピッタリ付けて三角形を作りテーブルに置きながら、まるで『全てお見通し』の如く、自信ありげに、だけど柔らかく笑った。
「ちょっと恋愛の事を・・・」
「やっぱり!そうくると思いました〜」
サーラさんはベールを敷いたテーブルの下をゴソゴソし、ハート型の置き物を取り出した。
「ハートシェイプのクリスタルです。これでナオトさんのハートをクリアに見透しちゃいますよ」
サーラさんはクリスタルにも劣らぬキラキラした笑顔で言った。そして
「では、カードをシャッフルしていきます」
と、急に神妙な面持ちに切り替わり、タロットカードなるものを華麗な手つきで混ぜ始めた。
「まずお相手様がどのようなエネルギーの方かみていきますね」
整えて山にしたカードを三つの山に分けてから、違う順番でまた一つに戻し、片手でカードを押さえると、水を引くように見事にカードを弧に並べた。
そして紺青色のベルベッドの長方形の箱から、ペンダントのような物を取り出し、カードの上をぶらつかせた。
「今日はクリスタルダウジングでカードを選ばせていただきます」
色んな手順があるんだなあ。と感心しつつ、僕はサーラさんの俯いた時の長い睫毛に気をとらえれていた。
「はい、こちらですね。出揃いましたので、順番に観ていきましょう」
僕は観てもなんのこっちゃわからないが、サーラさんは両手の指を交差した上に顎を乗せながら、まるでコンクリートを突き破って出てきた筍を見つけたように並んだカードを見つめ、
「うわあ、すごい。すごい方ね。エネルギーを感じるわ」
と感心の溜め息混じりで言った。
「まず、女性らしさをすごく感じますね。女性らしい可愛らしさもあるけど、男性っぽいさばさばしたところもあるっていうか・・・」
サーラさんは、うんうん頷きながらカードを読んでいる。綺麗な鎖骨の間にあるゴールドの四つ葉のネックレスがよく似合う。
「自立してるけど、逆に甘え上手っていう雰囲気と、あとおおらかで大胆。だけどそれでいて繊細さも持ち合わせてますね・・・この三枚を見てみると、やっぱりすごいオーラのある特別な方な気がします」
「そうですか・・・確かに、そんな雰囲気の方です」
「ですよね〜。あと、このカード。見ていただくとわかるんですけど、白いローブを着ていますよね。こういうスピリチュアルな事にも抵抗がないというか、精通してるんじゃないかしら」
サーラさんの指が、カードの中の妖精と戯れる白い衣装の女を撫でた。爪のデコレーションが重そうだ。
「ナオトさんとお相手様の相性も見させていただきますね」
「お願いします」
新たに何枚かカードをめくると、目をまんまるに開き唇に指をのせて、
「Wow・・・」
とルー大柴のように呟き、
「運命ですって!カード出ちゃってますね。えっと、お相手様の生年月日など教えていただくと、もっとイメージ入ってきやすいんですけど・・・教えていただけます?」
と言った。
「生年月日までわかんないですけど・・・」
「そうですか、大丈夫ですよ。うん。出会ってまだ日が浅いのかな。なんかフレッシュなイメージがカードから読み取れるので・・・。職場に最近来た感じかなあ・・・」
サーラさんは独り言のように呟いている。
「職場は一緒では・・・」
僕がサーラさんの独り言に答えようとすると、
「・・・ないですよね。なんか全然仕事とは関係ない感じですね」
と被せ気味で僕の否定を肯定した。
「まあ、もう運命って言われちゃってますけどね。相性がこう、ナオトさんの地のエレメントでしっかり堅実な部分とね、相手様が水と風のエレメント・・・特に水ですね。そちらが強いので、どちらかというとふわふわっとしてるんです。それにお水で大地は潤いますよね。お二人が結ばれたらとても良い関係を築けますよ」
僕はなんだか嬉しくなり、
「相手のバックグラウンドがわからないので、ちょっと見てほしくて・・・。独身なのかどうか・・・アクションとっていいのか・・・」
と深掘りを頼むと、
「はいはい。勿論です」
と頼もしいサーラさんは、またもマジシャンのような手捌きで、別のカードから何枚かカードを引いた。
「あら、この感じだとシングルですね。ちょっと時間軸ずれる場合もあるけど、シングル・・・シングルだった・・・シングルになる・・・ちょっとアドバイスカードも何枚かひいてみますね。う〜ん、えい!あ、なるほどなるほど。チャンスですよ。相手様はカリスマ性があってモテるんです。でも、ナオトさんのアクション、待ってますね。やはり知り合ったばかりで、相手様には相手様の事情でナオトさんを誘ったりしづらいんじゃないかしら。そんな雰囲気・・・。もう一枚、え〜い」
段々と引きかたが7並べみたいになっている。クリスタルダウジングのペンダントは放っておかれている。
「やっぱりやっぱり〜。チャンスですよ。いけいけカード。鉄は熱いうちに打てって感じですね。あまり待たせない方がいいかも!うん。なんか、向こうはもうナオトさんにイエス!って言うのを待ってる感じですよ!」
「本当ですか!」
僕は高揚した。
「はい!」
サーラさんが100本の薔薇が咲いたような笑顔で答えた。
「サーラさん、好きです。今度一緒に食事でも」
「無理です。私、結婚してますし」
サーラさんの占いは当たらない。
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