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オレオレサギ
柏木麟太郎はオレオレ詐欺を行うグループで孫役を務めていた。そして今日、同じグループのメンバーか鎌田権三という高齢男性の孫役を任され、「同僚に借金をしてしまったから、お金を振り込んで欲しい」と電話するよう頼まれた。高齢者の孫を装って金を騙し取ることにすっかり慣れてしまった麟太郎は早速仲間に教えてもらった権三の家に電話をかけた。
「ゔっ、ゔん…」
携帯電話に耳を当て、小さく喉を鳴らし、麟太郎は明るい声が出せるよう喉を準備をする。するとプルルルルル…と2回コールが鳴ってすぐに、はい、とシワの入った男性の声がした。
「もしもし、鎌田です」
「あ、おじいちゃん?オレオレ。」
「!、オレ…?」
「オレだよ、オレオレ…あのさぁ、お金を少し送って欲しいんだけど…」
麟太郎は明るい声でかつ優しい口調で権三に話しかけた。すると権三は彼を孫と勘違いしたのかああ!と声を出した。しかし、次の瞬間、意外な反応が麟太郎に返ってきた。
「オレオレかい?オレオレなのかい?」
「?、あ…うん、オレ」
「そうかい、分かった…オレオレでいいんじゃな、おじいちゃんに任せておきなさい」
「お、え…あ…うん?」
送る?
権三の反応に麟太郎は戸惑った。
…このじいさん、オレオレって言葉に反応したよな?ひょっとして詐欺だと気づいたのか?いや、でもさっき送るって言ったよな…??
そう思いながら、麟太郎が電話をこのまま続けようか切ろうかと悩んでいるとカタン、と権三が受話器を置く音がした。そして、次の瞬間…
「オレオレ一丁ォォォォッ!!!」
と先ほどまでのシワの入った優しい声から一転、張りのある大きな声で権三がそう言った。なんだなんだなんだ!?と麟太郎が動揺する間も無くスマホの奥で若い男女の声がする。
「アァァァァイ!オレオレ!」
「オレオレ入りましたァァーッ!!」
「野郎ども!手袋とマスクはしたか!いくぞ!」
「ハァァァァイッ!」
「オレオレづくり開始だぁぁぁ!」
「濃いめのコーヒー入りましたァッ!」
「しゃッ!ナイスコーヒー!」
「ミルク完了!淹れますッ!」
「しゃッ!ナイスミルク!」
「よっしゃぁぁぁ!いけェェ!!!!」
「ミルク!コーヒー!ミルク!コーヒー!ミルク!コーヒー!」
「ハイッ!ハイッ!ハイッ!ハイッ!」
「オレオレ仕上げ!美味しさお届け!」
「熱々のうちに召し上がれ!」
「発送完了ッ!」
「オレオレ送り届けましたー!!」
「ハァァァァァァァァァァァァァイッ!!!」
「えっ、えっ…ちょっ…。」
…な、なんだなんだなんだ!?
気合いの入った居酒屋のような声と賑やかさに麟太郎は思わず素の声を出して反応してしまった。するとカタン、と音がして権三が受話器を取る。
「もしもし、たった今送ったよ…確認してみておくれ。」
「えっ…あ、あの…おじいちゃん…さっきのは…?」
ピーンポーン!
「?…」
麟太郎が権蔵にさっきの騒ぎが何だったのか聞こうとした途端、インターホンが鳴った。スマホを置いて出て見ると、置き配が来たのか茶色の紙袋が目の前に置いてあった。不思議に思って開けると、飲み物の入ったプラスチックのカップが2つ入っていた。
「こ、これは…?」
「届いたかい?カフェオレが二つ、略してオレオレじゃよ、これが欲しかったんじゃろ?」
「違う!!!」
自分もびっくりするほどの大声でそうツッコミを入れた。
「オレが欲しいのはお金なんだよ!ていうか、なんでオレの住所知ってんだよ!?」
「なんでって、孫だからに決まってるじゃろ。」
「はぁ!?オレ、孫じゃねーし!………あっ!しまった!」
「フッ!かかったな小僧!」
麟太郎が自分の正体を言ってしまった途端、権三がそう言って笑った。
「クソッ…!このジジイ!最初からオレの正体に気づいて…!」
「ご名答!このワシがオレオレ詐欺にひっかかるとはなめられたもんじゃのう…おっと、電話を切っても無駄じゃよ、この会話は録音済みで、本物の孫が今警察を呼んでおる、カフェオレを運んでくれた仲間はお前が逃げないか現在進行形で今のお前を監視中じゃ。」
「ひっ…!?そ、そんな…!」
「フォッフォッフォ…。」
「ッ……お、お願いです!許してください!出来心だったんです!お金に困ってただけなんです!け、警察だけは勘弁してください!」
追い詰められた麟太郎は顔を真っ青にしながらそう言った。電話を切って逃げようかとも考えたが警察が動いているかつ、今の自分の様子が監視されているこの状況で自分が助かるには、権三にこの電話を無かったことにしてもらうしかないと思ったのだ。
麟太郎の必死な謝罪に権蔵はしばらく黙った。そしてはぁ…と大きなため息をしてこう言った。
「……わしらのカフェオレを飲め、そしたらこの電話をなかったことにしてやらんこともない。」
「ほ、本当ですか!!ありがとうございます!!いただきますッ!!」
…やった!謝ってよかった!たかがカフェオレ2杯で詐欺を許すなんてこのじいさんチョロすぎだろ!
通話で顔が見えないのをいいことに麟太郎はニヤッと笑い、紙袋の中のカフェオレを勢いよく飲み干した。ミルクの優しい甘さと香りたつコーヒーの苦味がいい具合に噛み合い、熱い湯気が体を温める。
…うっま。
喫茶店のメニューとして出されてもおかしくないくらいの美味しさに麟太郎は驚きながら最後の一口を喉に流した。
その時だった。
「!?、ぐ…っ、あああ…な、なんだ…頭が急に…。」
突然、麟太郎の体に猛烈な睡魔が襲いかかった。
「…お、おいジジイ!お前…コレ、ただのカフェオレじゃないな!」
「?、カフェオレじゃよ、K(きもちよく)F(ふとんがなくとも)E(えきさいてぃんぐな夢が見ながら)O(おねんねできる)L(らくらくなおくすり)、略してカフェオレじゃよ」
「ふざけんな!お前…オレを騙したな!!」
「先に騙したのはお前じゃろうが」
正論でそう言い返され麟太郎はうっ…と言い返す言葉を見失った。そして、そのままだんだん意識が睡魔に飲み込まれ、ぱたっ…とカーペットの上に横たわってしまう。瞼が水銀のように重たくなる中、高らかな権三の声が聞こえる。
「いいか小僧、これがわしらのオレオレ茶義(さぎ)じゃ、汚いやり方で金を儲ける暇があったらうまい茶を入れる方法でも考えるんじゃな。」
その言葉を最後に麟太郎の瞼は完全に閉まってしまった。そして眠りにつく直前、彼は二度と詐欺をしないことと、カフェオレを安易に飲まないことを誓ったのであった。
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