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Ⅴ
学生いびりの指導者に、徹夜で仕上げた計画書を全否定された。
何がダメなのかも教えてくれず、一緒のグループの男子学生の同じような内容の計画には花丸がつけられている。
理不尽だ。
看護の世界はまだまだ女性が大半を占める世界で、男子学生は苦労することも多くあるが、ちやほやと特別扱いされることも多い。
「あなたは本当に指導者ですか?」と反抗したくなるが、学生の分際で意見など出来るわけもなく、いや、私の性格上そんなことは到底無理で、ただやり直すしかなかった。
それなのに、学校へ帰ると担当の教員からは「あなたはもっと自信を持ちなさい。自己評価が低すぎる。」と言われる始末。
何が良くて、何がダメなのかがまるでわからない。
自信なんか持てない。
会いたい、先輩に会いたい。
私はどうしようもなく勝手だ。
「電話してこなくていいよ」なんてつい数日前に言っておきながら、もう会いたいだなんて。
声が聴きたい。いつもの優しい声で「頑張ってるね」って、ただそれだけでいい。ただ、それだけがいい。
でも、今話をしたら、きっと言いたくないことも言ってしまう。
あのこと、問い詰めたくなってしまう。
あの、ベッドの下にあったピアスの片割れ。
そして先輩はきっと「あれはただの友達の忘れ物だよ」って言うに決まっている。「そんなこと心配していたの?大丈夫、何もないよ。」と。
スマホの画面、履歴の7番目にまで下がってしまった先輩の名前。
今、忙しいかな。寝てるかな。飲み会とかだったら…
あのピアスの女と一緒だったら…
自分でも、情緒不安定だということはわかっている。
先輩は浮気なんてするような人じゃないって、信じている。信じているはずなのに、チラつく女の存在にどうしようもなく心をかき乱される。
今はその時ではない。
これ以上、身は削れない。
そっとスマホをポケットにしまった。
「ヤヨ、お前、大丈夫かよ。もう19時だよ?帰らないの?1人で何やってる?」
同じグループの男子学生の一樹が教室に入ってきて、私の席の前に椅子に背もたれに両腕を乗せて、私の顔を覗き込むように座った。
人たらしの一樹はクラス中の女子を勝手にあだ名をつけて呼ぶ。
距離感も異常で、グイっと顔を寄せてくることも度々だ。
さほど美形でもない素朴な顔立ちなのだが、愛嬌があって、皆から好かれている。数少ない男子学生ということもあり、後輩からはアイドル扱いさているようだった。
「計画書考え直してる」
私は一樹の方も向かずに、計画を書きなぐる。
他にもレポートや課題があって、今日も寝られそうにない。
一刻も早く終わらせないといけないのだ。
そうだ、今は実習に集中しなければ。先輩のことはこの実習が終わってからじっくり考えよう。
一樹は少しの間、私をじっと眺めているようだった。
そして、「ヤヨはちゃんとやってるから、大丈夫。」と言って、2回ポンポンと私の頭に優しく触れた。
とたんに、私の張りつめていた糸はプツリと切れた。
とめどなく溢れ出る涙。
私はわんわん泣いた。
一樹はギョッとした顔をしていたが、私はそんなこと気にする余裕もなく、ただただ泣いた。
一樹は鞄からティッシュを出して私に渡すと「えらいえらい。ヤヨちゃんは頑張ってるよ。」と言って、頭を撫でてくれた。
私はずっとこの言葉が、この温もりが欲しかったのだ。
「そんなに泣いたら、明日、目腫れるよ?」
一樹はそう言って、私の肩を引き寄せてギュッと抱きしめた。
私は驚いて、一瞬、体が強張った。
すかさず、一樹が子供をなだめる様に背中を優しくポンポンと叩いたので、私はそれが心地よく、すっかり力が抜けて、ただただ一樹の胸の中で泣き続けた。
先輩とは違う男の匂いに包まれて。
子供のように泣いた。
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