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学生いびりの指導者に、徹夜で仕上げた計画書を全否定された。 何がダメなのかも教えてくれず、一緒のグループの男子学生の同じような内容の計画には花丸がつけられている。 理不尽だ。 看護の世界はまだまだ女性が大半を占める世界で、男子学生は苦労することも多くあるが、ちやほやと特別扱いされることも多い。 「あなたは本当に指導者ですか?」と反抗したくなるが、学生の分際で意見など出来るわけもなく、いや、私の性格上そんなことは到底無理で、ただやり直すしかなかった。 それなのに、学校へ帰ると担当の教員からは「あなたはもっと自信を持ちなさい。自己評価が低すぎる。」と言われる始末。 何が良くて、何がダメなのかがまるでわからない。 自信なんか持てない。 会いたい、先輩に会いたい。 私はどうしようもなく勝手だ。 「電話してこなくていいよ」なんてつい数日前に言っておきながら、もう会いたいだなんて。 声が聴きたい。いつもの優しい声で「頑張ってるね」って、ただそれだけでいい。ただ、それだけがいい。 でも、今話をしたら、きっと言いたくないことも言ってしまう。 あのこと、問い詰めたくなってしまう。 あの、ベッドの下にあったピアスの片割れ。 そして先輩はきっと「あれはただの友達の忘れ物だよ」って言うに決まっている。「そんなこと心配していたの?大丈夫、何もないよ。」と。 スマホの画面、履歴の7番目にまで下がってしまった先輩の名前。 今、忙しいかな。寝てるかな。飲み会とかだったら… あのピアスの女と一緒だったら… 自分でも、情緒不安定だということはわかっている。 先輩は浮気なんてするような人じゃないって、信じている。信じているはずなのに、チラつく女の存在にどうしようもなく心をかき乱される。 今はその時ではない。 これ以上、身は削れない。 そっとスマホをポケットにしまった。 「ヤヨ、お前、大丈夫かよ。もう19時だよ?帰らないの?1人で何やってる?」 同じグループの男子学生の一樹(かずき)が教室に入ってきて、私の席の前に椅子に背もたれに両腕を乗せて、私の顔を覗き込むように座った。 人たらしの一樹はクラス中の女子を勝手にあだ名をつけて呼ぶ。 距離感も異常で、グイっと顔を寄せてくることも度々だ。 さほど美形でもない素朴な顔立ちなのだが、愛嬌があって、皆から好かれている。数少ない男子学生ということもあり、後輩からはアイドル扱いさているようだった。 「計画書考え直してる」 私は一樹の方も向かずに、計画を書きなぐる。 他にもレポートや課題があって、今日も寝られそうにない。 一刻も早く終わらせないといけないのだ。 そうだ、今は実習に集中しなければ。先輩のことはこの実習が終わってからじっくり考えよう。 一樹は少しの間、私をじっと眺めているようだった。 そして、「ヤヨはちゃんとやってるから、大丈夫。」と言って、2回ポンポンと私の頭に優しく触れた。 とたんに、私の張りつめていた糸はプツリと切れた。 とめどなく溢れ出る涙。 私はわんわん泣いた。 一樹はギョッとした顔をしていたが、私はそんなこと気にする余裕もなく、ただただ泣いた。 一樹は鞄からティッシュを出して私に渡すと「えらいえらい。ヤヨちゃんは頑張ってるよ。」と言って、頭を撫でてくれた。 私はずっとこの言葉が、この温もりが欲しかったのだ。 「そんなに泣いたら、明日、目腫れるよ?」 一樹はそう言って、私の肩を引き寄せてギュッと抱きしめた。 私は驚いて、一瞬、体が強張った。 すかさず、一樹が子供をなだめる様に背中を優しくポンポンと叩いたので、私はそれが心地よく、すっかり力が抜けて、ただただ一樹の胸の中で泣き続けた。 先輩とは違う男の匂いに包まれて。 子供のように泣いた。
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