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先輩の大学のキャンパス前。 金髪に近い髪色のお洒落で可愛い女の子たちや、ギターバッグを背負った黒ネイルの男の子、他にも個性的な学生たちが往来している。 私の通う地元の看護学校は、高校なんかよりももっとこじんまりとしていて、自由度が低い。そのため、私には大学というものが未知のものであり、敷居の高いもののように感じられる。 居心地が悪く、早くどこか別の場所に行きたくてたまらなかった。 「弥生!」 落ち着きなくふらふら歩きまわっていると、大好きな声が私を呼んだ。 空気を切り裂いて、私はその声の元へ駆け寄って思い切り抱きついた。 「祐司…会いたかった…」 先輩はフフっと笑って「俺も」と隙間を埋めるようにぎゅっと抱きしめてくれた。 大好きな声、大好きな香り、心地よい温もり。 全身で先輩を感じて涙で目が霞む。 先輩は、周りからの視線を気にするでもなく抱きしめ続けてくれて、私はそれだけで十分に満たされた。 地獄のような実習から解放されて、私はやっと少しだけ素直になれた。 相変わらずピアスのことは聞けないでいるが、あの悪魔のような指導者のミッションをクリアしたという達成感が、私の背中を押してくれて、こうして先輩に会いに来ることができたのだ。 ぐぅ~と私の腹の虫が鳴った。 先輩が「弥生、何食べたい?」と、私を開放して、にやけ顔で私の顔を覗き込む。 「へへへ、今なら何でもおいしく食べれる!」と、私は照れながら、名残り惜しい気持ちで先輩から離れた。 ふと不意に視線を感じて、その方向へ目をやると、感情をどこかに忘れてきたというような顔の女の子と目が合った。 ここの学生らしいその女の子は、笑うでも、睨むでもなく、私たちを眺めている。私は、その視線に鳥肌がたった。 「祐司、あの人…知り合い?」 先輩がその女の子を視認した一瞬、先輩の表情が強張ったように見えた。 「あーうん、同じゼミの子。」 その女の子は先輩が自分に気づいたと認識した瞬間に、飛び切りの笑顔でブンブン手を振って近づいてきた。 「はじめまして。私、藤田美紀っていいます。祐司くんとは同じゼミで仲良くさせてもらってます。祐司くんの彼女さんですよね?話はよく佑司くんから聞いてます。」 藤田美紀と名乗った女は、先輩の腕に触れて、いきなりマウントを取りに来た。 ぷっくりした唇がてらてらと光っていて、そこから飛び出してくる保護者のような物言いに虫唾が走る。 「はぁ、どうも、はじめまして。」 私は、それだけ答えて先輩を見る。 「藤田、何か用?急ぎじゃないなら今日は遠慮してほしいんだけど。」 先輩は動揺の色をみせつつも、キッパリとした口調で藤田美紀を敬遠する。 「そうだよね…噂の弥生ちゃんだーって思って、声かけたくなっちゃって…お邪魔だよね…」 藤田美紀は、満面の笑みで手をヒラヒラさせて「またねー」と言って、去っていった。 今まで見え隠れしていた女の気配がついに実体化して、晴れやかだった気持ちが一気に台無しになった。 品定めするような視線、先輩に触れる手つき、体のラインがもろに出るスリット入りのタイトスカート、ゴテゴテのストーンネイル、全てにおいて嫌悪しかない。 「ごめん、何か…」 先輩が申し訳なさそうに口を開いた。 「ううん、なんか奥さんが職場の同僚に会ったみたいな話し方だったね。」 私はふざけて誤魔化そうとして言ったのだが、自分の言葉がブーメランのように戻ってきて、突き刺さった。 「ごめん、何でもない。ごはん、食べにいこ。」 私は間髪入れずにそう切り返して先輩の手を取った。 先輩は「うん」と言って、ぎゅっと私の手を握り返す。それから指の間にするりと自分の指を絡める。 とても惨めで、心は騒ついて、心臓の拍動が速まっていくのを感じる。 「前にね、先輩の部屋で見つけたの。片方だけの女もののピアス…」 気づけば口から零れ落ちていた。 みるみるうちに汗ばむ手。 ぎゅっと握る手に力が入る。 汗ばんでいるのは私なのか、それとも先輩なのか。 2人の間に暗雲が立ち込める。 「やっぱり気づいていたよね…」 先輩は、ため息を一つついてそう言った。
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