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目が覚めた時、辺りはすでに真っ暗だった。 頭痛はもうしないが、瞼が重たい。 ピンポン 突然鳴ったインターフォンに驚いて、体がビクっと反応する。 このまま居留守を使おうと決め込むが、今度はドンドンとドアを叩く音が聞こえる。 勤務しているの病院の職員専用の単身者向けのマンション。 共同玄関は集合住宅用オートロックのため、部屋のドアを叩くということは、なのだ。 そして、この厚かましさと言ったら、1人しか思い当たらない。 私は仕方なく、電気をつけて、玄関へ向かう。 「はいはい」 「ヤヨ~晩飯買ってきたよ。」 ガチャリと鍵を開ける音とほぼ同時と言っていいほどすぐに、一樹がドアを開けて入ってくる。 そして私を見るなり、苦虫を噛み潰したような顔をした。 「うわ、何、寝てたん?なんかいろいろと乱れてる。それにひっでぇ顔。」 そう言われて、自分がパジャマのズボンにヨレヨレのTシャツ一枚といった姿だということに気付いた。 だが、今更恥じる関係でもない。 一樹とは、付かず離れずの関係で、戦友であり、親友だ。 「んー…ごはん何?」 「ハンバーグ、テイクアウトしてきた。豚汁もあるよ。なに、お前、泣いた?目腫れてんじゃん。」 一樹はそう言って、テーブルの上に置いていた看護雑誌やファッション雑誌を手早くよけて、テーブルのセッティングをしてくれる。 「豚汁やったー!」 ハンバーグと豚汁のいい香りが部屋中に広がり、グーグー腹の虫が鳴りやまない。寝ていただけとはいえ、体は正直で、ちゃんとお腹は空くのだ。 お酒飲んだ翌日の味噌汁ほど体に染みるものはないと私は思っている。 それがシジミであれば、完璧なのだが。 朝感じていた胃の不快感も、すっかり消えていた。 「腹ペコかよ」と、一樹がクククっと笑う。 私は、一樹のために冷蔵庫から缶ビールを1本出して渡す。 「お、サンキュ」 プシュッという音の後、すぐにぐびぐびと喉を鳴らす。 そして「くぅ~キンキンに冷えてやがる」などと、どこぞやの地下の荷重労働者みたいなセリフを吐いたかと思うと、まじめな顔で「で、どした?」と、聞いてくる。 「んー…元カレ出現みたいな…」 私はハンバーグを頬張りながら、なんとなく濁して答えた。 「あー…誰?製薬くん?コンビニくん?」 製薬会社の営業さんとは合コンで知り合って、約2年のお付き合い。 コンビニのアルバイトくんは、声をかけられて、約半年のお付き合い。 あとは1年付き合った公務員ってのもいたりする。これも合コン。 どれもキラキラした思い出も、ドロドロとした負の感情も、思い返しても特に何もなく淡々と付き合って別れた。 大人になってからの恋愛は、学生時代のそれとは違って、どこか引いて物事を見てしまう。 「弥生は、俺のこと好きじゃないでしょ」いつも最後は決まってこれ。 そんなことないのに。 「なぁ、まさか先輩くん?」 一樹は最初からわかっていたはずだ。なのにあえての遠回し。 私が口を開くのを待っているようだが、私は、黙々と豚汁を食べ続けた。 「そっか…」 私は、口の中のものを飲み込んで「一樹も、何かあった?」と聞く。 長年一緒にいると、いつもと様子が違うことくらいすぐに気がつく。 何の用事もなくふらりと来ることもあるが、どうしても1人で居たくないときが大半なのだ。 「あぁ、トモが彼氏できたんだって。」 トモとは、一樹の長年片想いしている2つ年下の幼馴染。 会ったことはないのだが、もう13年片想いなんだとか。 告白もしたことあるらしいが「お兄ちゃんにしか思えない」と言われ続けているらしい。 「そっか…」 私も同じように返す。 どちらともなく、体を寄せて抱きしめ合った。 温かい。 「なぁ。」 私の肩に顎を乗せた状態で、一樹が口を開く。 「ん?」 「もしかして、ノーブラ?」 「ふふふ、うん、そうだね。」 「お前ねぇ、襲うぞ。」 「あはは」 口ではそんなこと言うが、一樹は私に絶対に手を出さない。 過去にたった一度だけ、そうなりかけたことがあったけれど、それっきりだ。 5分くらいだろうか、2人ともただ黙って、抱き合ったままゆらゆら揺れる。 背中に回った一樹の大きな手と、その揺れ方が心地よくて微睡む。 沈黙を破って、一樹が口を開いた。 「なぁ…俺ら結婚しよっか」
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