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Ⅶ
たっぷりのきのこと、ホワイトソースのオムライス。
ふわとろの卵は美味しいはずなのに、ちっとも心は踊らない。
私は、熱々のコンソメスープをスプーンですくってチビチビ飲む。
ゆったりと落ち着いた雰囲気の喫茶店で、マスターは30代くらいだろうか。
若草色のエプロン姿の可愛らしい女性がドリップでコーヒーを淹れている。
よくよく見ると、私たちとさほど年が変わらないように見えた。
ランチタイムも終わるギリギリの時間にもかかわらず、嫌な顔せずに席に案内してくれた。
お客さんは私たちの他に窓際の席で読書している年配のご婦人のみだった。
先輩は話を始めるタイミングを伺っているらしく、デミグラスソースのかかったオムライスをスプーンで一匙すくっては、ふぅーと息を漏らして、それから口に運ぶということを数回に1回繰り返していた。
こんなにも余裕のない先輩を今まで見たことがあっただろうか。
私は怒りと悲しみと、惨めでやるせない気持ちが腹の中で渦巻いて、ただ先輩が話し始めるのを待つしかなかった。
もしかしたら、見苦しいほど険しい顔をしているかもしれないけれど、そんなことを気にする余裕などあるはずがない。
「あのピアスは…さっき会った藤田のだよ。」
先輩の口からやっと飛び出してきたその言葉は、カサカサと乾いていて、ひどく小さかった。
私はただ「うん」と返す。
その声も小さかったため、先輩の耳に届いたかはわからない。
先輩は一つ咳払いをして、再び話し始めた。
「ゼミの打ち上げでグループのメンバー5人で宅飲みしたんだ…俺の家で。その時忘れていったみたいなんだけど…」
「うん」
「俺、その時の記憶が途中からなくて…」
「うん」
「自分の家ってことで、気が抜けてかなり酔ってたんだと思う…」
「うん」
私の相槌の声は徐々に大きくなる。
代わりに先輩の声はどんどん消え入りそうに小さくなっていく。
「した…かも…しれない…」
信じているつもりだったけれど、私の奥底の方では薄々気づいていたのだと思う。
それでも、やっぱりどこか「何でもないよ」と言ってくれると期待をしていて、それが今覆されて打ちのめされる。
「してないかもしれないんだよね?」
すがる思いでそう言ったとたん、視界が涙で霞んだ。どうにか泣かない努力をしたが、涙が次から次へと溢れてくるものだから、どうにもこうにもポロポロと零れ落ちる。
「本当に覚えてなくて…だけど、写真があって…」
聞きたくない、聞きたくない…
先輩が何か続けて話しているが、もう内容は頭に入ってこない。
脳裏で、藤田美紀がてらてらと光る唇でほくそ笑んでいる。
苦しい。
ハァハァハァハァ…
息ができない…胸が痛い。
手足が痺れる…
私は椅子に座れなくなり、地べたにしゃがみ込む。
「や、弥生!?」
先輩が慌てて駆け寄って、私の背中に手を当ててくれる。
店員の女の子も「どうしました?」と来てくれるが、私の様子を見てオロオロ狼狽えている。
「救急車…救急車お願いします。」
キッパリとした声で先輩が店員さんに指示を出す。
「ま…って…だいじょ…うぶ…」
私は慌てて、乱れた呼吸の合間に、やっとの思いで伝える。
「でも、弥生…」
私は時折息を止めて、吐く息に集中する。
早く、治れ、早く治れ…
「あらあら、過換気ね…大丈夫?持病はない?」
窓際の婦人がゆったりと近づいてきて、そう言った。
さほど広い店内でもないため、会話からも察していたのだろう。
それから落ち着き払った様子で「ちょっとどいてくださる?」と、先輩と私の間に入り込み、私にハンカチを差し出して優しく背中をさすってくれた。
「そう、焦らないで、ゆっくり息を吐いて…ふぅ~…そう、上手。」
私はこの婦人の言うことを素直に聞いて、促されるままに身を任せた。
心地よい優しい声は、どこか祖母を思い出させた。
小さく骨ばった手はちっとも温かくはなかったけど、安心を与えてくれた。
渡された薄いピンク色の花柄のハンカチからは、ラベンダーのような懐かしい香りがした。
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