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夜勤。 日勤からの申し送りを聞いて、1日2回の抗生剤の点滴などの準備をする。 それから、糖尿病の患者の血糖値のチェック、インスリン注射。夕食のセッティング、食事の介助、口腔ケア。ベッド上安静の患者さんのおむつ交換。 術後の患者の状態確認もその間にあって、やっぱり遠慮なしで鳴るナースコール。 21時半の消灯時間までは、一息つく間もなく忙しい。 そして消灯後、やっと詰所に戻ってPCに向かって記録の打ち込み。 やっと座れたかと思えば、勝手に歩き回る患者さんのセンサーマットの警報音。座る暇もなければ、記録も進まない。 夜は夜の戦いがそこにはある。 順番で仮眠休憩。 今日は1番目をじゃんけんで勝ち取った。 休めるうちに休むというのが、私のモットーだ。 「お先に~」と、同僚に声をかけて仮眠室へ向かう。 病棟から少し離れた場所にある仮眠室の途中には、一樹の所属している小児科病棟がある。 詰所前は通らないため、滅多にスタッフと顔を合わせることはないのだが、少しばかり意識してしまう。 あ、一樹今日は休みか。 22時半だから、まだ起きてるかな。 結婚… あいつは間違いなくそう言った。 ぼんやりとあの時の一樹の顔を思いだす。 私の肩に乗せていた顔をゆっくり起こして、大きな温かい手で私の両腕を包む。そして、私の目を真っすぐに見つめて「結婚しよう」と、モサモサの頭でヨレヨレのTシャツを着た私に、一樹は間違いなくそう言った。 初めは聞き間違いだと思ったのだが、続けて2回も言われれば勘違いではないのだと気づかされる。 さらにそれから一樹は私の頬にそっと優しく唇をあてて「返事はすぐじゃなくていい。ゆっくり考えて。」と言った。 そして「じゃ、ちゃんと風呂入って寝ろよ」と、いつも通りに帰っていった。 結婚… 意識しないわけがない。 したいわけでもなかったけど、一生独身を貫く覚悟もあるわけではなかった。 友達や同僚の赤ちゃんを見て、私もいつかと思ったこともある。ただ、日常生活に追われる中で、そう言った感情は日に日に薄れてボヤけてくる。 先輩の結婚はどんな風に決まったのかな… 3年の付き合いだって言っていたし、年上だって言っていたから、私の知らない人か… この10年の間、先輩はどんなだったのかな… あの時、別れていなかったら違った未来があったのかな… 先輩は、私との将来考えたりしてくれたことあったのかな… 恋と結婚は別物って言うしな… 一樹と結婚も… こういう形もありなのかな… 色々と思うところが多すぎて思考がまとまらず、2時間の仮眠休憩は、全く寝ることが出来ずに終わってしまった。 さて、朝の戦争が始まる前に記録終わらさないと… 私は、小さめのエナジードリンクを一気飲みして、気持ちを切り替えて病棟へ戻った。
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