30人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
「弥生、聞いているの?」
つまらないワイドショーをぼんやり眺めながら、母が作った肉じゃがを頬張る。
「ねぇ…」
母の問いに私は「聞いてるって」とそっけなく返事をする。
「あんたもう32でしょう。いい人いないの?なんだか最近は婚活の…ほら、いい催しものあるっていうじゃない?川口さんから聞いたんだけど…」
車で30分ほどの距離にある実家。
休みの日にはすぐに来ることのできる距離なのだが、最近では顔を合わせる度にこの調子で口うるさく言われるものだから、だんだんと足も遠のいて半年ぶりの帰省だった。
「川口さんのチカちゃん、結婚するみたいよ?」
「え、この間、離婚したばかりじゃない。子供だってまだ赤ちゃんだよね?」
「うん、1歳半だって。それがまた妊娠しているっていう話なのよぉ」
おそらく、最近仕入れたばかりの新鮮な情報なのだろう。
母の生き生きとした表情をみればなんとなく察しが付く。
老後の唯一の娯楽が近所の噂話とはね…
「へ、へぇ…すごいね…」
「子供がいるチカちゃんに出合いがあるのに、あんたには何でないのかね…見た目も器量も悪くないのにねぇ…」
『男好きなあのチカちゃんと比較しないでよ…』
という言葉がのど元のあたりまで来たところで、つばと一緒にゴクリと飲み込んだ。
学生の頃、友達の彼氏なんかに手を出しては揉め事を起こしているという噂をよく耳にしていた。
まぁ、それも昔の噂話だし、それが本当だったとしても今もそうとは限らないのに憶測で軽薄なことは言いたくなかったのだ。
「…余計なお世話。」
力なく、ポツリとこたえる。
チカちゃんは私の3つ年下の幼馴染で、お互い一人っ子ということもあって、幼い頃はよく一緒に遊んでいた。
私は臆病者の引っ込み思案で、チカちゃんは勝気で怖いもの知らずな性格だ。
年齢差もあり、こんな2人がいつまでも仲良しなわけがない。
着飾ることも好きなチカちゃんは段々とあか抜けて、恋多き女の子に成長。高校に上がるころにはいつも違う男の子と歩いていた。
私は、臆病で引っ込み思案な性格をどうにかしたくて、中学では剣道部に入部した。そこで1つ上の先輩に恋をした。
あまり活発な人ではなくて、落ち着いた穏やかな人。でも、剣道はめっぽう強くて、試合の時の気合の発声は勇ましく、かっこよかった。
3年間の片想いののち、先輩と同じ高校に行くために必死で勉強して、見事に合格を勝ち取った。
実直に取り組んできた部活動では副キャプテンを務めた。
実績は残せなかったものの、3年間の部活動と勉強の両立をやり遂げたという充実感。
成功体験は人を変えるものだ。
それは若ければ若いほどに。
その頃には臆病者の私はもういなくなっていた。
その勢いのまま、先輩に告白したのが高1の初夏のことだった。
「実は俺も好きだったよ」と照れくさそうに返事をしてくれたっけ…
それから先輩とのお付き合いが始まった。
最初のコメントを投稿しよう!