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Ⅺ
目を覚ますと見慣れない天井。
身体中が痛い。
鉛のように重たい身体を横に向けると、右足に激痛が走る。十数秒悶絶した後ベッド脇に目をやると、そこには母が居眠りしている姿があった。
「おかあさん…」
しゃがれた声はひどく小さかったが、母には届いたようで「あら、目覚めた?」と、母は安堵の表情を見せた。
「ビックリしたわよ、あんた、交通事故って言うから…」
私が交通事故?
記憶がぼんやりしていて、事故のことはまるで覚えていない。この身体の痛み、足が痛いのも事故のせい?
「でも、大したことなくてよかったわぁ。足の骨折だけなんだって!でも、あんた丸一日眠ってるから検査じゃわからない何かあるのかと思って心配したわよぉ…試験で全部だしきって疲れたのねぇ…」
試験…
あぁ、国家試験…
母との会話で頭は少しずつ冴えてきたが、どうしても試験後のことが思い出せない。
試験を受けに行くまでの事は覚えているのだが、試験を終えて何故交通事故になんて遭ったのかは、まるでわからない。
「私なんで事故にあったの?」
「え?こっちが聞きたいわよ…でも、一緒にいた子が言うには、歩道歩いていた人とぶつかってよろけて車道に出ちゃったんじゃないかって…覚えてないの?救急車呼んだり、警察への説明も全部やってくれたのよ…男の子…名前はえーっと…」
「一樹…真島一樹。」
「そうそう、真島くん!いい子ねー…あ、ちょっと待ってて…」
母が廊下を通りがかった看護師を呼びとめ、私が目覚めたことを伝えた。暫くして主治医と看護師がやってきて、いつくか質問された。それから、手術と精密検査は終わっていて、今後は薬を使って痛みをコントロールしながらリハビリを開始していくという説明を受けた。
事故のことまるで覚えてないと医師に告げると、それは交通事故に遭った人特有のもので、事故直前のことを忘れてしまうことは珍しいことではないと言われた。
医師は「怖い思いしたこと忘れて良かったでしょ、リハビリ頑張ってね」とそそくさ退室して行ってしまった。看護師は「ベッドから起きて移動したい時は絶対ナースコールするようにね」と、私にキツく念を押して去って行った。
「おかあさん、私のスマホどこ?」
「それが事故で壊れちゃったみたいで、画面はバキバキだし、充電してもウンともスンともいわないの。」
そう言って、床頭台の引き出しの中から見るも無惨な姿のスマホを取り出した。
「マジか…」
私は画面に無数のヒビが入ったスマホを手に取った。
これじゃ誰とも連絡取れないじゃん…どうすんの…
当たり前に使っていた身体の一部のような存在のスマホが使えないなんて考えられない。
しかしどういうわけか、スマホが壊れてることにどこか安堵した自分がいた。
そして、スマホを持つ手がジワジワ汗ばんで、不快な気持ちになる。
連日続いていた迷惑電話を思い出してしまった。私は壊れたスマホを母に渡して、布団を肩まで引っ張り上げた。
「おかあさん、新しいの…買ってくれる?」
「そうね…買うしかないだろうねぇ…今日明日ってわけにはいかないけど、考えとくわ…。センセイの話も聞いたし、お母さんそろそろ帰るね。あんた目覚めて…大丈夫そうでよかったわ、本当…お父さんにも知らせないと。心配してたんだから。」
無惨な姿のスマホを眺めながら、母は少々言葉につまらせて鼻を赤くした。
いつも口うるさくて面倒臭いことを言う母だが、やはり我が子のことは心配だったらしく、そんな母の言動を目の当たりにして愛されていることを実感した。
私も少し涙ぐんだ。
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