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試験勉強から解放されて、合格発表までは今までのストレスを発散させて遊び倒す予定のはずが、リハビリ以外の時間をただベッドの上か車椅子かで暇を持て余すことしか出来ない。 私が入った部屋は4人部屋なのだが、向かいのベッドのおばさんが先ほど退院したため、誰もいなくなってしまった。 無駄に広い病室が、より一層私を退屈にさせる。 べちゃっとしたご飯と、しっとりとした焼き魚、水っぽい青菜のおひたしをお腹に入れて、 芸人がクイズに挑戦するTV番組をぼんやりと眺めた。 知らず知らずのうちに微睡んでいて、気がつくと、目の前に先輩がいた。 「ゆう…じ?」 先輩は心配そうな顔で、私を見つめている。 「驚いたよ、交通事故なんて…大丈夫なの?」 「足の骨折だけで、他は…大丈夫。」 先輩に会えて嬉しいはずなのに、心に靄がかかっているようだ。 「あの電話のことだけど…」 私が「椅子そっちにあるから座って?」と、言うよりも先に先輩は堰を切ったように話し始めた。 「あの日、俺、サークルの後で道場のシャワー入ってて…たまたま鞄預けてた友達と藤田が一緒にいたみたいで、藤田が勝手に…」 先輩は言いにくそうに、しどろもどろ私に訴えてくるが、私には何の話をしているのか理解できない。 藤田?シャワー? 何? 「っ痛…」 考えようとすると頭痛がした。 「弥生?大丈夫?」 「うん…私、事故直前のこと覚えてなくて…祐司は何があったか知ってるの?」 「えっ?」 先輩は驚いた顔をして、口元に手を当てた。 何か言おうか迷っている時の仕草だ。 藤田、シャワー、その単語だけでも不穏な空気を感じる。 私は先輩の袖を引っ張り「言って」と、先輩の顔を見上げる。 先輩は少し沈黙した後、口を開いた。 「試験の後、弥生が俺に電話くれたみたいなんだけど…俺その時、練習試合の後で部室のシャワー入ってて、その時に藤田が勝手に俺の電話出たみたいでさ…」 私、藤田美紀と話したってこと? 何を話した? 話?…メッセージ? 何かが引っかかる。 ズキンズキン… 頭が痛い… ダメだ、考えたくない… 「それより祐司、どうやって事故のこと…入院したこと知ったの?」 私は頭痛に耐えられず、考えるのをやめて、話を逸らした。 それにスマホもなくて連絡手段がないのに、先輩がどうしてここに来れたのか不思議だった。 「真島くんが来てくれて…」 「えっ!?一樹が?」 思いがけない答えに、驚きを隠せなかった。 どうして一樹が? 先輩は何とも言えない複雑な表情で、足元を見ていた。 「嫌がらせ電話のことも聞いたよ…」 先輩がポツリと言った。 「あー…うん…」と、私はたいしたことじゃないよというように応えた。 「そんなことがあったなんて知らなかった…」 どういうわけか、その言葉の端に棘を感じた。そんなことはないのかもしれないが、なんとなく「なんで言ってくれなかったの」と、責められているような気がした。 言ったら大ごとになると思ったから言えなかった。 私は試験勉強に集中したかったの。 余計なこと考えたくなかったの。 勝手に頭の中で被害妄想するのは私の悪い癖だ。 あることないこと、最悪な方へ考えてしまう。 でもそれは言わない。 こんな嫌なこと考える女だって思われたくない、嫌われたくない。 でも、もう、苦しい。 息がしたいよ。 少しの沈黙の後、先輩が「ダメなのかな…」と言った。 私は何も言えなかった。 「気持ちだけじゃダメなのかな…好きなのに、心が遠い…」 先輩は俯いた顔を上げて私を見る。 「好きだけど…好きだから…苦しい…」 私は先輩を見上げて応えた。 先輩の瞳が揺れた。 しばらく沈黙した後「…また明日来るよ」と言って先輩は帰って行った。 会えない時は不安で、会いたくてたまらないのに、会った時に垣間見る私の知らない先輩とその環境に苛立ったりする。 遠距離になってから、私はどんどん嫌な奴になっていく。そんな自分が本当に大嫌いで、いつもいつも自己嫌悪ばかり。 先輩のことは好きだけど、どんどん醜くなる自分が本当に嫌でたまらない。 私は布団を頭までかぶって、静かに泣いた。
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