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「朝、先輩くんと帰ってたね…」 一樹は、枝豆の鞘を噛んで口に含んだ粒を3度ほど咀嚼してから、ビールを一飲みして言った。 私は夜勤明けに先輩を送った後、実家で爆睡し、さらに夕食をちゃっかりご馳走になってから帰宅した。 そして、マンション前で仕事帰りの一樹と鉢合わせたので、そのまま一緒に私の部屋へ来たというわけだ。 「うん、迎えの人が来れなくなったっていうから、実家行くついでに…」 言い終わってから、いつもならなんてことなく「うん」だけで終わらすところを言い訳がましかったかな?と、思ったりする。 「そっか…」 私は実家からもらってきた筑前煮をレンジで温めて、一樹に出してあげた。一樹は「サンキュ、頂きます」と、箸を親指に挟めて合掌してから蓮根を頬張る。 私は缶ビールを冷蔵庫から1本出して、ベッドを背もたれにする形で一樹の隣に座った。 「利恵っちに色々聞かれたよ。言ったんだ?」 利恵め…あのお喋り… 何をどこまで言ったんだ… 私が考えを巡らせて何も言わずにいると、一樹は続けた。 「先輩くんとより戻すの?」 一樹はいつも直球だ。 人の気持ちを汲むことに長けていて、空気を読むのが上手く、誠実で優しくて信用できる人間だ。だが時々、私には遠慮なしに厳しいことを言ったりもする。 「先輩、婚約者いるから…」 私は、真っ直ぐに見つめる一樹から目を逸らしてしまった。 「ふーん…婚約者がいなかったら?婚約者と別れるって言ったら?」 「…いるし…もしもなんてない。意地悪…」 私は少しキツイ口調で答えて、ビールを一気に流し込む。 私は本当に、どうしたいのだろう。 先輩が同じ気持ちでいてくれていたとしても、じゃあよりを戻す?それが自分の望みなのかもよくわからない。 一樹は、まさにそんな私の心を見透かして問うているだけで、意地悪と思うのはお門違いだ。 それに、一樹のことだって… どうして突然「結婚をしよう」なんて言ったのかちゃんと聞こうと思っていたのに、なんだかとても聞きにくい雰囲気になってしまった。 「ヤヨはやっぱり、まだ先輩が好きなんだな。好きな気持ちに蓋してきたのに、再会したら気持ちもどっちゃうよな…」 私はそう言われて『婚約者いるのに…また傷つくのにバカだな』って続け様に叱られることを覚悟したのだが、一樹はほんの少し沈黙した後、喉を鳴らしながらビールを飲み干した。そして深く溜息をついてから「ヤヨ…」と私の名前を呼んで肩に手を置いた。 「俺、ヤヨが好きなんだ。ずっと…学生の時から、ずっと…」 一樹は揺るぎなく、真っ直ぐ私の瞳を見つめる。 「えっ!嘘、一樹はトモのこと…」 私はひどく動揺した。 トモに失恋したと言って、別に彼女をつくったこともある。 なんならつい数年前まで、一樹は実は同性愛者なのではないかと思っていた。女の体に興味を示したところを見た事がなかったし、私のこともそう言う目で見てるように感じたこともまるで無かったからだ。 「結婚しよう」と言ったのだって、もうお互いにいい歳で、楽な相手というくらいのことと思っていた。 「トモなんていないんだ…ずっと嘘ついててごめん。この関係壊したくなくて、ずっと隠してた…でも、俺もそろそろ限界なんだ…いい奴でいるの終わりにする。他の奴にとられるくらいなら、壊れても仕方ない…」 私の肩に置いた一樹の手に、力が入るのを感じた。そして一樹は私の体を自分に引き寄せて、唇を奪った。 私は驚いて、咄嗟に顔を逸らして離れようとしたが、力ずくでまた引き寄せられて強引に唇を塞がれる。 私の知らない一樹の男の顔。 「ごめん…でも、好きなんだ…俺にしろよ…」 唇を離し、私を抱き寄せて今にも泣き出しそうな声でそう言った。
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