ⅩⅢ

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ⅩⅢ

しばらく布団に潜って泣いた後、布団から出てボーッとしていると、一樹が私の病室にひょっこり現れた。 おそらく、先輩とバッティングしてどこかで時間を潰していたのだろう。 「ヤヨ、大丈夫か?」 一樹はベッドの端に勝手に腰を下ろした。 「一樹、来るの遅いー!ちょっと、聞きたい事たくさんあるんだよー…」 私は堰を切ったように、一樹を質問責めにした。あまりにいっぺんに質問するもんだから、一樹は少したじろぐ。 「ちょっとまって、ヤヨ、事故前の記憶ないの?」 「うん。試験後から…」 医師から受けた説明を、一通り一樹に話した。 「そうなんだ…それじゃ、あの写真も…」 一樹は小さな声でそう言ったが、直ぐに「何でもない、怪我、大したことなくて良かったな」と言って私の頭を大袈裟にグシャグシャと撫でた。 「大したことあるよ…痛いし、トイレは不便だし、風呂は入れないし…」 「だよな…でも、勉強になるな、患者の気持ちがさ。」 本当に、こいつは… ポジティブ変換器とでも呼ぼうか。 でも、まさにその通りで、こうなって初めてわかることの連続で、勉強になる。 この痛みはいつまで続くのか、元通りになるのかという不安感だったり、トイレの度にナースコールを押さないといけなくて、さっきいったばかりなのに…と遠慮して我慢してしまったりと、本当にたくさん感じるものがあって、ストレスばかりだ。 たかが足の骨折でこうなのだから、重病の患者さんはもっともっと、色んなことを感じて不安で心細いだろうと思う。 なんだか聞きたいことがたくさんあったのに、一樹にうまくはぐらかされた気がしたが、私はもう考えることに疲れていた。 それに、このなんて事ない一樹との戯れに癒されている自分がいた。 「あれ、ここに何かあるけど…」 ベッドの横にポツンと紙袋が置いてあった。 中にはバスケットにアレンジされたお花が入っていた。 私の好きなピンクのラナンキュラスと小さな白いお花などがあしらわれており、とても愛らしい。 私の好きな花、覚えていてくれたんだ… 「先輩…」 「せっかく用意したのに、渡す余裕がなかったのかもな…」 私はまた、先輩の言っていたことを思い出す。 「先輩の電話に…藤田が出た…」 何気なく声に出てしまっていたらしい。 「思い出したの?」 一樹が、血相変えて私の腕を掴んだ。 「え?」 私は一樹の顔を見て、一樹は何か大事なことを隠していると確信した。 「別れ難くても、面会時間過ぎてますよ〜」 担当の看護師が部屋の入り口をノックして入ってきた。 「あ、すみません、もう帰りまーす。」 一樹はいつもの愛想の良い返事をした。 そして「これ、俺からのお見舞い」と言って背負っていたリュックの中から紙袋を出した。 「何?本?」 「スマホなくて退屈だろ?国試前に読みたいって言ってたあの作家の新刊。あと、ふりかけ…じゃ、またな!」 一樹は手を上げて、看護師にペコリと軽くお辞儀して去っていった。 「どっち?」 看護師は、体温計を差し出しながらニヤけた顔で聞いてきた。 「え、何がですか。」 「どっちが彼氏?」 あぁ、面白がっているのね… 「さぁ、どっちでしょう。」 私はふざけて誤魔化した。 「まさか、おとなしそうな顔して…どっちも?」 私は思わず吹き出してしまった。 「そんなわけないです!今のは友達です。先に来た方が彼氏です…」 「ふーん、そうなんだ…今の子とすごく雰囲気いい感じだったけどねー…」 看護師はそう言って、私の足の腫れ具合や痺れのチェックをして去っていった。 一樹、何を隠してるのだろう。 先輩と一樹の様子を見るに、私はきっと知るべきではないのだろうな… 知っていいことはきっとない… わかってはいても、自分に関わることなのに、自分だけが知らないということが、ものすごくもどかしくて仕方がなかった。
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