ⅩⅣ

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ⅩⅣ

一樹のふりかけのおかげで、歯応えのない病院食もほんの少しだけ美味しくなった。 そろそろ車椅子への移乗と操作の許可がおりる頃だと、夜勤の看護師が言っていたのだが、日勤の担当の看護師がとても忙しそうにしているので言い出せずにいた。 次部屋に来た時にでも言ってみようかな…なんて思っていたところに、一樹がまたひょっこり現れた。 「最初は全然来なかったのに、昨日の今日でまた来たの」 口ではそんなこと言いながらも、暇に押しつぶされそうになっていた私は、正直嬉しかった。 「せっかく来てやったのに…どうせ暇だろ?それに、こんなん食いたいかなと思って…」 一樹はそう言って、ケーキの箱をポンとベッドテーブルの上に置いた。 「やった!何だろう…」 私は早速、箱を開けた。 その瞬間、甘酸っぱい香りが鼻をかすめて、心が躍った。そして目に飛び込んできた宝石のような艶々の赤が私を魅了した。 「わぁ!苺タルト」 つい、感嘆の声がもれた。 「なんか色々あったけど、これが買ってって主張してた。」 「ありがとー!可愛い!写真撮りたい!あー…スマホ…ないんだった…」 私は一気に興醒めした。 そんな私を見て一樹が同情したように苦笑いを浮かべる。 「俺ので撮る?」 「うん…」 私は一樹からスマホを借りて、苺タルトの写真を撮ろうと画面を見た時、ふと画面の端に小さく表示された写真が目に入った。 一樹が撮った最後の写真がそこに表示されているのだが、それが私の壊れたはずのスマホの画面を写したもののように見えた。 その写真をタップして画像を大きくすると、写真には壊れていない私のスマホが写っていて、さらにその私のスマホに表示されていたのは先輩とのLine画面だった。 「何…これ…」 私が声を発すると同時に、一樹がすごい勢いで私からスマホを奪った。 「何これ…いつの?私のスマホ…事故で壊れたんじゃないの?それに…」 それに、先輩から送られてた写真… 小さかったけど、先輩の部屋だった…女…藤田美紀…? キリキリと締め付けるように頭が痛みだす。 「うぅ…」 私は頭を抱えてうずくまる。 「ヤヨ、大丈夫か?」 どういうこと? 頭が割れそう… 痛い… もう、何も考えたくない… 一樹の声がだんだんと遠のいていく。 私の意識は現実から逃避して、眠りについた。 真っ暗、何も見えない。 これは夢? 不安と恐怖が私を包み込む。 ザワザワと音だけが聞こえてくる。 色んな人の話し声。 何を言っているかわからない声の隙間を縫って 明瞭に 『祐司、今シャワーに入ってるよ』 と藤田美紀の声がした。 暗闇の中、足元にぼぅっと明かりが見える。 その明かりはスマホの画面で、私は不意に覗き込む。 そこには、先輩と藤田美紀のあの写真。 あぁ、そうだ。 そうだった。 また、ザワザワと音だけの暗闇の世界に投げ出される。 私の名前を呼ぶ声…救急車のサイレン… 恐怖は怒りと悲しみに変わって、目が覚めた。 「弥生ちゃーん、わかるー?」 シュポシュポと一定のリズムで聞こえるカフの音と、それに合わせて締め付けられる腕の圧迫感。 担当の看護師と目があって「良かった戻ってきたね…血圧下がったんだねー…82の40…まだ低いから、そのまま寝ててね…」と、看護師は笑顔をみせた。そして、頭痛や吐き気がないかなど体調確認して、また来るからねと言って去っていった。 一樹が、看護師と入れ替わりで入ってくる。 心配そうに「ヤヨ…」と顔を覗き込んだが、何も言わずにベッドサイドの椅子に腰を下ろした。 「思い出した…」 私は力無く口を開いた。 「え?」 「あの日、写真送られてきたの見た」 じわりと滲んだ涙は溜まる場所がなく、目尻からスルスルと枕に向かって流れ落ちた。 やっぱり、先輩は藤田美紀と… 脳裏に写真の映像が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返す。 「ごめん、せっかく忘れてたのに…俺が見せたから…あんなの、早く消せば良かったのに…」 一樹は申し訳なさそうにそう言って、さらに続けた。 「俺、藤田って女に会って来たんだ。嫌がらせ電話も全部あいつが仕組んだことだって、同じ学部の子から聞いた…そんな卑劣な女のやったことだ…あの写真も…きっと先輩くんは悪くないよ…」 「え?」 私は横になったまま、一樹の方を見た。 一樹は申し訳なさそうな顔のまま、事の詳細を白状した。 事故の直後、開いたままの私のスマホの写真を見てしまった一樹は、私の無事を確認してすぐに先輩と藤田美紀に会いに行ったのだと言った。 先輩に私の状況を伝え、藤田のことどうなってるのかと詰め寄り、それから藤田美紀には、二度とヤヨに嫌がらせしないと約束させたとも言った。 どんな方法で約束させたとか、詳細については教えてくれなかったが、一樹の行動力には本当に頭が下がる。一樹の言葉には説得力があって、一樹のおかげか、思いの外落ち着いている自分がいることに驚いている。 「スマホ、壊してごめんな。でも、番号変えたほうがいいよ…」 「うん、そうする。ありがとう…一樹…本当に、ありがとう…」 私は何度も何度も、一樹に感謝の言葉を伝えた。 コンコンコン ノックの音に反応して目をやると、入り口の向こうに先輩が立っていた。 一樹が「じゃ、俺いくわ…」と言って、先輩に「あ、どうも…」とお辞儀して、そそくさ病室を後にする。 一樹と入れ替わりで先輩が「調子どうかな…」と病室へ入って来た。 「うん…」 私は何から話そうかと思案する。 先輩は私が話し始めるのを、ただ黙って優しく見守った。 私はその優しい眼差しが好きだ。 好きだけど、やっぱりツラくて、悲しい気持ちになる。 先輩…
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