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ⅩⅦ
好きだと気づいたのはいつだっただろう。
遠距離の彼氏がいることは知っていた。
そして、その彼とうまくいっていないことも。
それなのに、実習での理不尽な学生いびりにも屈せず、弱音を吐かずに頑張るヤヨはかっこいいと思った。
そんなヤヨの肩の力を抜けさせたいと思って、咄嗟に抱きしめてしまった時に恋心が芽生えていたのかもしれない。
あの時、子供みたいにわんわん泣いて弱ったヤヨを俺は守ってやりたいと思ったのだ。
いいやつじゃ嫌だけど、ここまで培った関係を壊せるほど俺も強くはなかった。ヤヨの傍にいられるのなら、いいやつでいようじゃないか。そう思うことにした。
ヤヨが長年付き合っていた先輩と別れて半年、まだ忘れられずに時折涙することを俺は知っている。
あんなに傷ついて、つらい目にも合ったのに、まだ好きなのだ。
そして、好きなのに別れを選んだ。
俺には、好きなのに別れるということが理解できないが、世の中にはそういった別れもあるんだなと学んだ。
新人研修の課題を口実に、久々にヤヨとゆっくり会うことが出来た。
同期の利恵からの誘いもあるということで、三人で集まることになった。
利恵に聞くところによると、ヤヨは初めて行った合コンで山本という4歳年上の公務員といい感じだという。
ヤヨがトイレに立った隙に、利恵がコソコソと伝えてきた。
俺はそれを聞いて少し焦る。
「ごめん、これから彼とご飯だから帰るね。また集まろうねー!」
利恵はそう言って帰っていった。
「利恵、彼氏いたんだ…」
ヤヨがポツリとつぶやいた。
「あぁ、最近付き合い始めたみたいだね…」
俺はそう答えて、続けて、冗談交じりに「俺らはどうする?」と言ってみた。
結構勇気を出して、『俺らも付き合う?』の意味で言ったつもりだったのだが
「んー…お腹空いてないかなぁ…疲れたー…眠い」
と返ってきて、俺は落胆した。
そして、そんな俺の気を知らずにヤヨはベッドにもたれかかって、上半身だけ横たわって今にも寝てしまいそうだ。
「…じゃあ、もう少ししたらラーメン食べに行かない?前言ってたところ味噌がうまいから、ヤヨにも食べてほしい」
俺はまだヤヨと一緒にいたいと思って、夕食くらいはと誘った。
「味噌いいね…一樹は本当、ラーメン好きだねー…」
もうほぼ瞼を閉じて、眠りに落ちそうになっているヤヨに一か八かで本音をぶつけてみることにした。
「好きだよ…ヤヨが一番…」
微睡んでいるヤヨは「んー…」と言ったが、きっと届いていないだろう。
俺はヤヨのと対称の格好をして寝顔を眺めて、何をやってるんだかと自嘲した。
しばらく寝顔を眺めていると、急に微笑んだり、眉間にしわを寄せたりしている。そして「祐司…」と寝言を漏らしたかと思うと、その自分の声に驚いたようにヤヨは目を覚ました。
涙がスッと一筋流れ落ちるのが見えた。
あぁ、馬鹿みたいに一途でこちらまで泣けてくるわ。
気づけばヤヨの頭にポンと手を置いていた。
そして、ゆっくり優しく抱きしめた。
今はまだこれでいいか。
俺がヤヨの癒しになれるなら、もうしばらくこのポジションでいいやつでいることにしよう。
「ヨシヨシ、泣きたいだけ泣きなさい。」
わんわん泣かれることを覚悟したが
「うん、ありがとう。大丈夫…さすが小児科勤務。」
いつものヤヨにすんなり戻っていた。
俺は拍子抜けして、ふざけて返す。
「ははは。時々、お母さん達も慰めてるからね。」
「そうだよね、子供の入院は親のメンタルケア必要だよね…でもさすがにハグはダメですよ…」
「当たり前だろ!」
こんなこと、好きな女にしかしないっての!
心の中で突っ込みを入れる。
「どうかな…一樹は人との距離近めだからなー…」
「そんなこと…ないだろ……いや、気を付ける…」
ヤヨに俺がそんな風に見えていたことに地味にショックを受ける。
誰にでもなんてしてないつもりなのだが、よくよく考えてみれば、昔から勘違いされることは多かったように思う。
「あれ、まだ18時か。20分くらいしか寝てないんだ…1時間くらい寝た気でいたよ。お腹空いたし。」
「腹減るの早!じゃ、行くか。」
そう言ってくだらない話をしながら、ラーメン屋さんに向かった。
この今の心地よい関係を壊したくない。
ずっとこのまま一緒にいれたらいいのにと思った。
でもまさかこの後10年もいいやつどまりで告白できずにいたなんて
この時の俺は思ってもいないだろう…
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