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二つ目の異変は、就活を始めた頃に起こった。
ここで撮ってもらった写真を履歴書の証明写真に使うと、内定が貰えるという噂の写真館で撮った時だった。
店主のおじさんは苦い顔をして、撮った写真をこちらに向けた。
「いくつか撮影したんですが、なぜか全てこれになるんです」
そこに写っていたのは写真館のフォトスペースで椅子に腰掛け、寄り目で七味唐辛子の瓶を咥え両手でピースをきめる自分の姿だった。
「何なんだよこれ、ふざけんなよ!」
あまりに突拍子もない出来事に動揺して、俺は足元に置かれていた傘立てを蹴り倒した。
店主は驚いた表情でそろりと俺の頭上を指差した。
「お、お客さん。頭の上の星が……」
引き出しから取り出した小さな鏡を店主に差し出され、鏡の中を覗き込む。
頭の上の星が、半分に欠けた形になっていた。
小澤は青ざめた顔で写真館から飛び出すと、近所のスーパーの入り口付近に在る証明写真機に潜り込んだ。
震える手で投入口に小銭を入れ、写真を撮る。
取り出し口に排出された写真を見て、愕然とした。
どれもこれも、あの寄り目で瓶を咥えてダブルピースをしたアホヅラで写っていたからだ。
出てきた写真を握りしめて、再び証明写真機の中に入る。
取り返しのつかない事になったかもしれないと、そのとき小澤は考えていた。
この先、卒業写真も、結婚写真も、子供の入学写真も全部この姿で写ることになったら……。
そのとき、ふとある考えが浮かんだ。
こんなに摩訶不思議な事が立て続けに起こるのは、きっと神様の仕業に違いない。
全てはあのラーメン屋で迷惑行為をした後に起こった事だ。
それならあの出来事を後悔していると、あの店主に心からの謝罪をすれば、この呪いは解けるかもしれない。
小澤はポケットからスマホを取り出し、ひとまずあの時書き込んだ口コミを削除しようと考えた。
サイトにログインして書き込んだ履歴を辿り、ひとまずは店の住所をメモしようと思ったときだった。
不意に目に入った最新の口コミは、数ヶ月前のものだった。
"HN:ラーメン大好き安達さん みんなに愛される素朴な味で私も長年このお店のファンでした。閉店してしまい物凄く残念です"
はっとして、スマホを握りしめたまま、顔を上げる。
証明写真機の真っ黒い画面に反射した頭の上の星が、途端にぱっと消え去るのをこの目で見た。
葬式は限られた親しい友人と身内のみで執り行われた。
彼の大学時代の友人達は身を寄せ合って、こそこそと囁き合った。
「いくら探しても他に写真が見当たらなかったんだって」
「それにしたって、あの写真はねぇよな」
「たしかに」
祭壇に飾られているのはあのとき写真館で撮った、寄り目で瓶を咥え両手でピースをする小澤の写真だった。
***
秘書から受け取った書類に新任の神様ことタイラーは認印を押す。
「あんなのが人生で一番映える写真とは。我々には到底理解し難いものだな、人間という生き物は」
「……そうですね」
白けた顔で私が頷いて見せると、タイラーは急に思い付いたように懐から黒いスマホを取り出した。
「気の毒なところもあるからな。やっぱりひとつくらいはおまけして、私から星を付けてやろう」
細長い指先が画面を軽くタップする。
地上では今頃、いきなり棺の真上に黄金色のお星さまが現れて参列者が大騒ぎをしている頃だろう。
霊柩車にきちんと収まればいいが、私はひとりそんな事を考えていた。
完
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