告ハード

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 街は今にも雨が降りそうで、強い風が窓ガラスを揺らしている。  普通病棟の個室のベッドの上で久世(くぜ)が外を眺めていると、ノックが聞こえた。 「どうぞ」  返事をすると、スライド式のドアが開いて、黒いよれたスーツの男が松葉杖をつきながら入ってきた。 「よお、元気そうだな久世」 「なんだ、もう復帰か佐川(さがわ)? オレはまだこれだよ」  久世は吊り上げられて固定されている包帯でぐるぐる巻きの脚を指さす。  佐川はベッドの近くまで来るとパイプ椅子を勝手に出して座った。 「課長がうるさくてな。今は猿の手も借りたいほど忙しいから出てこいだとよ。まったく、容疑者と揉み合って3階から転げ落ちた人間に言うことかよ」 「すまない……オレが人質なんかにならなければ……」  久世が尼さんのように剃り上げている頭をぺこりと下げる。  刑事になる時に剃り上げた久世の覚悟を知っている故、佐川は慌てて釈明した。 「別にお前を責めてないからな? お前が俺を庇って下敷きになったからこの程度で済んでる。お前の分まで働いてやらぁ」  佐川は煙草を取り出して火をつけようとしたが、苦笑いで煙草とライターをポケットにしまった。 「いけねぇや。お前と話してるといつもの調子で煙草をふかしそうになっちまう」 「……そうだな。机の回りいつも灰皿でいっぱいだもんな。オレもそろそろニコチンが恋しいよ」  久世はそういえばと、ベッドからすぐ手が届く場所に置いてある棚の上に手を伸ばして、小さなチョコレートの箱を掴んだ。 「煙草の代わりと言っちゃなんだが、くれてやるよ」  久世は卓上カレンダーに目を向けて微笑んだ。 「ちょうど今日はバレンタインだったな。佐川どうせお前誰にも貰ってないんだろ?」 「ああ、そっか、今日だったな……」  彼はしみじみと呟きながら、チョコレートの箱に目を落とす。 「なんだよ、お前好きな女でもできたのか?」  久世が茶化すように聞くと、佐川は真剣に顔を上げる。 「なあ久世相談に乗ってくれないか? 俺、女の子が好きなんだ」  久世は彼のまっすぐな瞳にたじろいだ。 「いきなりなんだお前……知ってるよ。何の宣言だよ」 「すまん、いろいろとはずみで……まあ、聞いてくれ」 「なんだよ?」 「俺は強い女の子が好きだ」 「……で?」  久世はサラサラの髪を掻きながら呆れるように続きを促す。 「ただの強い女の子が好きなわけじゃない。お前みたいに、迷わず人質交換に出たり、自分の身を挺して仲間を庇うような馬鹿みたいに強い女の子が好きなんだ」  熱弁する佐川に、久世はやれやれとおどけた。 「はは、随分とマニアックな趣味持ってるなお前。まあ、刑事課の女の子は結構度胸あるからそういう子もいなくもないんじゃないか?」  提案するが、佐川はまた首を振る。 「警察関係者の合コンに出たこともあるが、駄目だったよ。趣味が合わないんだ」 「ああ……なるほどなぁ」  久世は神妙にうなずいた。  佐川の趣味はゲームや読書など、刑事にしては割と体を動かさないインドア系だ。釣りも好きだが、警察関係の女の子は何故かアクティブ派が多い。そういう子からすると動かざること山のごとし佐川をあまり理解できない部分があるだろう。 「はは、オレは知ってるから大丈夫だけど、アウトドアな子だときついな佐川」  笑う久世を佐川は見ていなかった。両手を組み合わせてうつむいている。 「まだある」 「まだあるのかよ」  久世はそろそろこいつ仕事に行かなくていいのかと壁時計を見上げるが、10分程度しか経っていなかった。  灰色の空からとうとう降り始めた雨が、風と共に窓ガラスを叩き始める。  佐川は顔を上げて改めて、久世に視線を合わせた。 「ああ、俺のことをよく知っていて、小さい頃から一緒でいつもこうやって話を聞いてくれる奴だ」 「…………」  久世は佐川から顔を背けた。 「なあ、久世、こっち見てくれよ」  久世は壁から視線を離さないで、首を横に向けたまま呟く。 「そんな奴……いるわけないだろ」  ふてくされたような返答を、聞いているのかいないのか佐川は続ける。 「あと、職場も一緒だ。同じ刑事がいい」  ぎゅっと、佐川が久世の手を握ろうとするが、久世はするりと、手をベッドの中に下げた。 「バカが、お前もう一生独身のままだな」  久世は佐川のほうを見ないまま、真っ白い掛け布団を頭からかぶった。  薄暗い布団の中に、佐川の声が優し届く。 「俺は、お前が俺を庇って俺の下敷きになった時、怖かった。血を吹いて目を覚まさないお前が、もしこのまま目が覚めなかったらって……」 「…………それで?」  久世の問いに、佐川はハッキリ、迷いなく答える。 「失いたくないって思ったんだ。お前が好きだから」 「はは、オレは男だぞ? 気持ち悪い」  久世は布団の中でぎゅっと自分の胸を握りつぶすように抑える。  佐川がパイプ椅子をしまって松葉杖を突き立ち上がる気配と音がした。 「知ってるよ。昔からお前が自分のことをそう思っているのは、知っている。でも……こんな仕事してたらいつか言えなくなりそうだからな。チョコ、ありがとよ。じゃ、俺行くわ」  佐川は松葉杖を突きながら、部屋から出て行った。  廊下に響く松葉杖を突く音が遠ざかっていく。  病室にはもう、雨が窓ガラスを叩きつける音しか聞こえない。  布団の中から少し顔を出した久世は、スライド式の扉を見つめる。 「ばか……」  彼女は小さく呟き、再び掛け布団を被るのだった。
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