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「ところで中田さん、今日は何をしに?」
貴兄が尋ねる。
「喫茶店に珈琲飲みに来ちゃいけないのか?と言いたいとこだけど、実は頼み事があってさ…」
「探偵の依頼は売り切れです」
「は?」
「ですから、探偵はお断りしています、といつも言っていますよね?」
「いやぁ、そこをなんとか!先生!」
「あのですね、確かに僕は推理小説を書いていますよ。だけどあれはあくまで小説なんです。探偵が颯爽と事件を解決してるように見えるでしょうが、作者の自作自演なんです。だから僕自身推理ができるわけでもなんでもなくて…」
「まぁまぁ、いつものように話だけ聞いてよ。来年の町内会役員、見逃してあげるからさ」
「……」
痛いところを突かれて、貴兄は口を噤んだ。
中田さんは勢いを得て、一気に話し始めた。
「最近町内でタチの悪い悪戯が相次いでるんだよね。高級車とか、家のドアとかにペンキで落書きすんの。安藤さん、中村さん、宮崎さん、五反田さん、川崎さんがやられて、まだ続くんじゃないかって住民が気味悪がってる。町内会としては夜のパトロールを増やしたりして警戒してるんだけどね」
「落書きだけですか?」
私は思わず口を挟んだ。
「そうなんだよ。だから警察も少しは動いてくれてるけど、あんまり熱心じゃなくてね。でもやられた方にしてみると、ちょっとドキッとするような落書きもあってね」
「写真、あります?」
貴兄が口を開いた。
「あるある。ほら、これ」
中田さんがスマホを操作して見せてくれたそこには、ぶちまけられた血のような真っ赤な塗料のかかったドアの写真があった。
まるで殺人事件の現場のようだ。
それが二枚続く。
「あとはこれ」
次は、車に同じように赤い飛沫が飛び散っている写真。
「なるほど、ちょっとグロテスクですね」
「それと、これはちょっと違うんだけど…」
次に中田さんは、表札が赤い○印で囲われている写真を続けて3枚見せてくれた。
貴兄は中田さんのスマホを受け取ると、何度か写真を行ったり来たりして見ていた。
「中田さん、現場に案内してもらえます?」
「もうきれいにしちゃってると思うけど、いいの?」
「結構ですよ」
貴兄は黒のサロンをシュッと解き、カウンターの上に置いた。
そうして私は、今開けたばかりの店にまたclosedの看板を出すハメになったのだった。
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